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現代歌人ファイル その26-小笠原和幸 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

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小笠原和幸 

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鈍牛が乾草を食む鈍重に生を咀嚼し死を消化する

 

 岩手県在住の歌人のようです。青森の蝦名泰洋といい、福島の三原由起子、井上法子といい、なんか東北の歌人って「土着」と言われがちな気がします。岩手、青森は石川啄木寺山修司に象徴される一種の暗さがあるからかな…。福島は震災と原発で全然違った意味合いになってしまいましたが。

 

俺ひとりなくても何も変はらないだらうが今朝の飯食つてゐる

 

 これは、そりゃそうだろ系の歌ですね。身も蓋もない系列の。こういう素直な歌好きだ(笑)。解説に「かなり性格の悪い山崎方代」と書かれてて笑った。

 ページの最後に連作載ってるのですが、これがすごいです。

 

お前は書け泣き言かまた繰り言でしかない歌をだらだらと書け

お前はするな死後もこの世に残るものただの一つも建設するな 

お前はほざけ一生は苦だと苦の外のものではないと死ぬまでほざけ

お前は進め光よりやみそしてまた次なる無明の風を突つ切れ

 

すごい迫力だなー。この「お前」って自分のことなんだろうな。解説がまたよくて、

 

ある一定の縛りを設けて連作を書いた時の歌の輝きは尋常ではない。読めば読むほどテンションがあがっていく構成になっており、次から次へと繰り出される言葉のナイフの鋭さにはジェットコースターのような興奮すら覚えてくる。これは小笠原がしっかりと読者の視点を意識しており、読者の心理状態を自在に操る短歌をつくる術を心得ているからである。エンターテインメントの世界では当たり前の技術であるが、短歌連作でここまで巧くできる人はそう多くない。

 

と書いてあります。匿名の死、みたいな死生観をこういう連作にすることによってちょっと遊んでいるというか、言っていることは暗いんだけどやってることが楽しそうなんだよね(笑)。これが「自己戯画化」ってことなのかなと思います。なんか、暗いこと考えながらも完全には浸ってないの。こうやって見せたら面白いかな?ってどこか楽しんでる感じがする。そのエンタメ性は、自分の駄目さをとことん弄んだ石川啄木や、元祖サブカル寺山修司にも通じるのかもなーと思いました。

 

 

橙の蝿取紙にしがみつく黒き死 下で死を喰う自分 (yuifall)

 

現代歌人ファイル その25-松平修文 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

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松平修文 

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黒きバス森に着き窓をいつせいに開けて夥しき鴉を放つ

 

 この歌、多分普通に読めば不気味系なんでしょうけど、『いろいろバス』というtupera tuperaの絵本をとっさに思いだしてしまい、ちょっとなごんだ。黒いバスからはくじらが降りてかげが「ひっそり」乗るんだよ。蝙蝠、ピアノ、ペンギン、カブトムシ、魔法使い、シルクハットとかも黒のバスに乗ってました。

 絵本って何気にちょっと怖いですよね。子供のころ『おしいれのぼうけん』(古田足日田畑精一)という絵本が怖くて、最後の「あせもができていた」というシーンから、「あせも」ってずっとやばい病気だと思ってたわ(笑)。真実を知った時は拍子抜けしました…。そして「からす」に「鴉」という漢字を使われると『幽☆遊☆白書 』(冨樫義博)を連想してしまう。オタクだから。

 

眼のない鳥や眼のない魚や眼のない少女が棲むその街は、夜だけの街

 

 こういうのって何からの連想なのかなー。あまり怪奇系の本って読まないので馴染みがない世界ですね。本業日本画家の人みたいで、江戸時代とかの幽霊の絵みたいなやつを想像しました。あの、京極夏彦の本の表紙みたいな…。あれは妖怪か…。というより、あれかも。人が腐ってく絵のやつ。九相図だな。あとは地獄絵図かな。

 その頃って普通に道端に死体とかあったんだろうなー。梅毒とか皮膚病とかすごそうだし、ああいう絵ってリアルだったんじゃないかなという気がします。

 

 こういう「暗黒の美学」(解説より)みたいな歌がある一方で、

 

街灯が暗すぎるよね いつまでも佇つてゐてまた「さやうなら」と言ふ

 

なんてちょっとかわいいです。先入観があるからか、「さやうなら」と言うのは地縛霊なんじゃないかなという気さえするよね(笑)。暗い街灯の下にずっといて、通り過ぎるたびに「さやうなら」って言ってくれるの。柳の下みたいな。

 

 

眼の昏き人魚を檻に腐らせて街はいつでも泥濘んでいる (yuifall)

 

Checklist (MAX feat. Chromeo) 和訳

洋楽和訳の注意書きです。

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Checklist (MAX feat. Chromeo)

作詞:Imad Royal, Roget Chahayed, Maxwell Schneider & Sam Fischer

作曲:Imad Royal, Roget Chahayed, Maxwell Schneider & Sam Fischer

www.youtube.com

Checklist, 1 2 3

 

One, I put you first

Two of everything you deserve

Three wishes, please

Get you diamonds, rub your feet

Name it

 

Don't need no special occasion

Girl, I celebrate it

So go 'head and make it, your

 

Checklist, 1 2 3

You can tell me what you need

Baby, check this, A B C

You make it look so easy

On the guest list, it's you and me

We gon' need some privacy

I can give you what you want

You just need to put it on a checklist

 

A, attitude and

B, bad as hell girl

C, can't believe I got you all to myself now

 

I don't get intimidated

Girl, I celebrate it

So go 'head and make it, your

 

Checklist, 1 2 3

You can tell me what you need

Baby, check this, A B C

You make it look so easy

On the guest list, it's you and me

We gon' need some privacy

I can give you what you want

You just need to put it on a checklist

 

I can give you what you want

You just need to put it on a

 

Priceless, but you love expensive

We do it big like it's Texas

Home movies all got three X's

Every night, I count my blessings

And I love it, uh

Place no one above it

It's your world, you can run it

You know that I want it, girl

Checklist, 1 2 3 (1 2 3)

Ooh

 

Checklist, 1 2 3

You can tell me what you need

Baby, check this, A B C

You make it look so easy

On the guest list, it's you and me

We gon' need some privacy

I can give you what you want

You just need to put it on a checklist

 

Checklist

I can give you what you want

You just need to put it on a

 

 

直訳

 

Checklist, 1 2 3

チェックリスト、1,2,3

 

One, I put you first

1、きみを一番に置く

Two of everything you deserve

2はきみのふさわしいもの全て

Three wishes, please

3つの願いをお願い

Get you diamonds, rub your feet

きみにダイヤをあげる、足をこすってあげる、

Name it

言ってみて

 

Don't need no special occasion

特別な機会は必要ない

Girl, I celebrate it

僕はそれを祝う

So go 'head and make it, your

だから言ってよ、叶えるよ、きみの

 

Checklist, 1 2 3

チェックリスト、1,2,3

You can tell me what you need

きみは僕に必要なものを言うことができる

Baby, check this, A B C

ベイビー、これをチェックして、A,B,C

You make it look so easy

とても簡単にそれができる

On the guest list, it's you and me

招待客リストにはきみと僕

We gon' need some privacy

僕たちにはプライバシーが必要だ

I can give you what you want

僕はきみの欲しいものをあげることができる

You just need to put it on a checklist

きみはただそれをチェックリストに載せるだけ

 

A, attitude and

Aは態度、

B, bad as hell girl

B、きみっていけない子

C, can't believe I got you all to myself now

C、今きみの全てを手に入れたなんて信じられない

 

I don't get intimidated

僕は怖がったりしない

Girl, I celebrate it

それを祝うよ

So go 'head and make it, your

だから言ってよ、叶えるよ、きみの

 

Priceless, but you love expensive

値段は付けられないけど、きみは高価なものが好き

We do it big like it's Texas

僕たちはテキサスみたいにでっかいことをする

Home movies all got three X's

ホームビデオは過激なのばかり

Every night, I count my blessings

毎晩、僕は幸せを数える

And I love it, uh

そしてそれを愛してる

Place no one above it

上には誰もいない

It's your world, you can run it

それはきみの世界だ、きみの望み通り

You know that I want it, girl

きみは僕が欲しいものを知っているだろ

Checklist, 1 2 3 (1 2 3)

チェックリスト,1,2,3

 

 

*曲がめっちゃかっこいい♡ただそれだけ♡後半エロい訳にしてみた(笑)。

*get you diamondsは分かるけど、rub your feetはそのまま「足のマッサージ」でいいのか、何か違うもののスラングなのか…。

*Name itで「言ってみて」だそうです。

*attitudeには「態度」「姿勢」の他に、「気持ち」「考え」「意見」などの意味もあります。

*big like it's Texasはどんな意味なのかいまいちよく分かりません。何かの小説でも同じ表現を見た覚えがあるので、慣用句なのかなって気がするのですが…。

*xはスラングでは一般的にはkissですが、アメリカではポルノ映画の内容の評価のレーティングとしてxからxxxまでつけるのだそうで、多分これだろうな。

 

*ところで歌手のMAX (Maxwell Schneider)、ググってもまだ日本語のWikipediaのサイトがなかったのでプロフィール等いまいちよく分からないのですが、Youtubeで調べてみるとMax Schneider の名前でMaroon5のメドレー歌ってる人がいて、同一人物なのかな??

www.youtube.com

もともとこっちの動画の方を先に知っていて、でもこの満面の笑みで歌っている人とChecklistで無表情で歌ってる人が頭の中で結びつかず…。今でも本当に同じ人なのか確信はないです。。

ChecklistのMV面白いですね。MVに出てくる美女は、歌についてるコメントによると奥様らしいです。「ずっと無表情なのに奥様と踊ってる時うっかり笑っちゃうMAXかわいい♡」ってコメントついてて面白かったです。

 

 

意訳

 

チェックリストを準備しな

 

1.お前が一番

2.お前に相応しいもの全部

3.いいから言ってみな、3つの願いを

ダイヤでも、足のマッサージでも

何だっていい

 

特別な日じゃなくたって

祝いたければそうするさ

ほら言ってみな、叶えてやるよ

 

お前のチェックリスト

欲しいものなら何だって

見てみな、リストのA,B,C

簡単だろ?

招待客は2人だけ

プライバシーが必要だ

欲しいものなら何だって

ただそのリストに載せるだけ

 

A.たまんねえ

B.お前は小悪魔

C.全部俺のもの、これってマジかよ

 

お前のチェックリスト

欲しいものなら何だって

見てみな、リストのA,B,C

簡単だろ?

招待客は2人だけ

プライバシーが必要だ

欲しいものなら何だって

ただそのリストに載せるだけ

 

欲しいものなら何だって

チェックリストに載せるだけ

 

買えるものなら高い方がいい

テキサス並みに派手にやろうぜ

サムネは全部ピンク色

お前がくれる祝福を

毎晩数えるのが好きだ

いいから上に乗ってみな

全部お前の思うまま

俺の望みは分かるはず

チェックリストに載ってるさ

 

お前のチェックリスト

欲しいものなら何だって

見てみな、リストのA,B,C

簡単だろ?

招待客は2人だけ

プライバシーが必要だ

欲しいものなら何だって

ただそのリストに載せるだけ

 

欲しいものなら何だって

チェックリストに載せるだけ

 

短歌の「私」 ⑤

『ねむらない樹 2020 summer vol.5』特集 短歌における「わたし」とは何か?

座談会 コロナ禍のいま 短歌の私性を考える

を読んで、歌の作り手ではなくて読み手の目線で色々考えてみました。

 

過去記事です。

短歌の「私」 ① - いろいろ感想を書いてみるブログ

短歌の「私」 ② - いろいろ感想を書いてみるブログ

短歌の「私」 ③ - いろいろ感想を書いてみるブログ

短歌の「私」 ④ - いろいろ感想を書いてみるブログ

 

 そして次がかなりの個人的衝撃だったのですが、

 

花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった (吉川宏志

 

について、「愛を告げられた」という解釈と「愛を告げられなかった」という解釈が半々だそうです。えー??マジかよ…。これ、今回この本読んでて一番の衝撃でした。

 

 私の解釈では、恋をしているんだけど打ち明けられない相手もしくはプロポーズしたいんだけど打ち明けられない彼女と2人で花水木の道を歩いている間、言おう、でも言えない、って迷い続けてて、会話の切れ目のタイミングとかを狙いながらずっと歩いてて、その道が終わるところでいいタイミングが来て、ようやく「あのさ…」みたいな。もちろん打ち明けたんですよ。そう思ったんです。「長くても短くても愛を告げられなかった」だから、「自分にとって覚悟を決めるのにちょうどいい長さだったから告げることができた」と解釈してずっと読んできたんです。

 ところが、「結局愛を告げられなかった」派が50%もいると。これは、どう読めばそうなるのか分からなくて、マジで苦しみました。で、「告げられなかった」前提で考えたところ、「花水木のあの道は適切な長さだったが愛を告げることはできなかった。きっと、あれより長くても短くても告げられなかっただろう」あるいは「花水木のあの道があれより長かろうが短かろうがどっちにしろ結局愛を告げることはできなかった」ということなんだろうか?

 

 これについては、

 

土岐友浩さんが砂子屋書房HPの「月のコラム」で言及されてます(「リアリティの重心」、2020年1月1日)。

 

とあるので、早速ググってみました。

sunagoya.com

該当部分の一部を引用しますと、

 

「告げられなかった」という否定を用いて、実際には告げることができた、ということを示唆しているのは、愛の告白という個人的な事柄の報告に対する照れがあるからだろう。ここに表現としてのポイントもある。(中略)「長くても短くても」には、「言いたい、でも言えない、でも言わなければ」と、その道を歩いている間中ずっと逡巡していた気持ちが込められているのである。(東直子『愛のうた』)

 

実を言うと僕は「長くても短くても愛を」あたりの字余りが引っかかって、「持って回った感じだなあ」「好き嫌いが分かれそう」と思っていたのだけれど、そこに主体の「照れ」や「逡巡」を読みとった東の評を読んで、はじめて一首がリアリティある作品として立ち上がってくるのを感じた。

ところが、だ。

鑑賞の前提である「否定を用いて、実際には告げることができた」という部分が、いまの若い人には共有されず、愛の告白の歌のはずが、愛を告げたいのに告げられなかった歌として、どうやら読まれているのだという。

その噂を、僕は歌人の集まりで何度か耳にした。他にも、昨年十二月に西南学院大学で行われた俵万智松村由利子の講座で、この問題が取り上げられたようだ。講座に参加したある「二十代前半の女性」は、やはり「愛を告げなかった」と読んだらしい。(*2)

告白の場面と読んで誰も疑わなかった吉川の歌に、いま、告白はできなかったという新しい解釈が登場し、広まりつつあるのはなぜか。

それは若者の読解力の問題だろうか。

そうでなければ、何か大きな、とても大きな変化が、短歌に起きているのではないだろうか。

 

 さらにここで引用されている(*2)の引用元にも行ってみました。

*2 「塔」短歌会会員、宇梶晶子氏のブログ

 

こちらも一部引用しますが、

sugarless21.blog.fc2.com

 

この歌を「愛を告げなかった」歌として読まれていることも多い、ということが挙げられました。

たいそう驚きました。

さらに、一緒に来ていた二十代前半の女性も「告げてない」と思う、と。

帰宅後、子達にどう思うか聞いたところ「告げていない」のでは、と。

よし、と思って自分の中で何度もこの歌を反芻して「告げていなかった」、に持ってってみることを試みました。

…う~ん………

すごく気になって、娘に友達の何人かに機会があったらちょっと聞いてみて、と言っていたところインスタグラムで聞いてくれていたようでした(いつもは私の言うことはあまり聞いてくれないのに感謝!ありがと!)

質問を見てくれた人が47人。

そのなかの何人が回答したかは分かりませんがミニミニ参考として。

結果

「告げた」46%

「告げなかった」54%

ということです。

 

げっ。なんと過半数が「告げなかった」派なのか。もう自分の読み方自信なくなってきたよ(笑)。

 

 で、この歌がなぜ短歌における「わたし」の特集で取り上げられているかというと、

・「愛を告げたわたし」と「告げられなかったわたし」という二通りの読み方ができる、無限遠点上の「わたし」

という、短歌の中の「わたし」という問題と、もっとメタ的な問題として、

・読者の読み方によって変わり得る「わたし」

という2点があります。

 宇都宮敦は

 

この歌に関しては「愛を告げられなかった」と「愛を告げられた」という二通りの読み方ができると話題になりましたが、この歌も、無限遠点に立つ詩的強度の高い「わたし」を感じます。すなわち、つどつど読むとどちらかの可能性しか見えませんが、無限遠点にどちらの可能性も含む「わたし」がいる。

(中略)

告げたと思っていましたし、「告げられなかった」可能性については全然考えには上がらなかったです。ただ、当時から単純に歌の甘やかさやうまさから受け取れる以上の「わたし」みたいなものは感じていたと思っていて、最近の議論を聞いて、「告げられなかった」可能性が見えない平行線として当時から機能していたのかもと思い始めた次第です。

 

と言っています。

 

 ちなみに「月のコラムーリアリティの重心」で土岐友浩は

 

冒頭に紹介した花水木の歌を読み直してみよう。

この一首、特に「長くても短くても愛を告げられなかった」という下句を読むとき、若い読者はまず「長くても愛を告げられなかった」「短くても愛を告げられなかった」少なくとも二パターンの主体の姿を思い、その想像にリアリティの重心を置くために、何割かの読者は「どのようにしても、この愛は告げられなかった」と結論するのではないだろうか。

現代的な想像力のあり方が、短歌を、いま、どのように変えつつあるのか。ここで引用した作品の多くが「愛」の歌であることは、無視するべきではないだろう。短歌の変化とは、言うまでもなく社会の変化と人間の変化、その投影なのだから。

 

と書いており、「Sugarless」宇梶晶子は、

 

この出来事で私が今思っていることは

・「読み」と「読解力」の違い

・「読み」や「読解」は「読み」や「読解」よりも先にその人の考え方がきてしまうものかもしれない

・考え方というのは今の時代の生き方に影響されるかもしれない

など。上手くまとまっていないし当たり前のことかもしれないけれどそんなところです。

(この記事に対するコメントへの返信として)

どこをどう考えても告げてるでしょ!と私もびっくりしました。驚いてずっと考えているうちにそう読めなくもない、とはなってきました。でも私にとっての自然な読みは「告げた」です。

 

と言っています。

 

 これは、吉川宏志が仕掛けたレトリック上の問題なのか、それとも読解力の問題なのか、本当にこの読み方は「時代の変化」によって変わったのか?なんか、自転車に乗れるようになると「乗れなかった自分」には戻れない、という話がありますが、今回まさにその状態というか、もはや「告げられなかった」という読み方を知らない自分には戻れなくなってしまいました。「どのようにしても、この愛は告げられなかった」って土岐友浩の言葉かっこよくてなんかそれでもいいやって思ってしまった(笑)。

 

 でもやっぱり、ごく自然に読めば「告げられた」んだと思うんだけどなー。映像浮かぶもん(笑)。ずっと歩いてて、最後に「あのさ…」って。そこで映像途切れるのね(笑)。

 あー、でもそうか。私は、いったんこのシーンが終わったあと、ラストで彼女の左手の薬指に指輪が…みたいな感じのベタな映像イメージがあったので(笑)、当然「きみが好きだ」とか「結婚してほしい」とか言ったんだと思ってたんですけど、「どうしたの?」「…いや、なんでもない」ってなった可能性もあるんですよねー。面白いですね。

 

 次週に続きます。

 

現代歌人ファイル その24-紀野恵 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

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紀野恵 

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晩冬の東海道は薄明りして海に添ひをらむ かへらな

 

 デビュー当時高校生だそうです。恐ろしいな…。この歌を高校生が詠むなんて…。ちょっと自分の脳みそからは考えられないですね。この人は水原紫苑と共に「新古典派」と言われているそうです。

 

日本古来の古楽的リズムというよりも、西洋的なスタイリッシュな韻律感覚に覆われている。

 

と解説にはあり、

 

ゆめにあふひとのまなじりわたくしがゆめよりほかの何であらうか

 

不逢恋(あはぬこひ)逢恋(あふこひ)逢不逢恋(あふてあはぬこひ)ゆめゆめわれをゆめな忘れそ

 

なんて、リズムの心地よい歌ですよね。

 

いさ五月風はあへぎのもえぎいろ萌えたつやうな詩集を空へ

 

 これも綺麗な歌だなー。どれも、解釈するよりもリズムに浸って楽しんだ方がいいのかなと思って言葉少なですが、解説を引用します(笑)。

 

「ゆめ」という語が目立つが、紀野が志向しているのが音楽性であり、またこの世とは別の場所にある「ゆめ」の世界の美であるということが端的に表わされているのだろう。紀野は「王国の歌人」であり、〈私〉の中に構築された異世界の美しさを表現しようとしているのだ。その世界は美しい音楽が風のように常に流れており、美しい自然に覆われているのである。

 

 

ゆめにみたひとよあなたはひさかたのひかりをひろげひらめく輪舞曲(ロンド) (yuifall)

 

現代歌人ファイル その23-魚村晋太郎 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

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魚村晋太郎 

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去年とは月の模様が違ふ、とか あまい誤謬を信じたくなる

 

 こういう文体ときめくなー(笑)。「あまい誤謬」って♡「ねえ、去年とは月の模様が違ってるんだよ」って言われて、うっかり「そうだね」って言っちゃうような感じ。よく分かんないけどすんなり信じちゃうの。まあ嘘でもいいかって。この歌に出会ってから、時々「あまい誤謬」という言い回しが頭に蘇り、そのたびにときめくわ♡

 でも「誤謬」って言葉からとっさに京極夏彦の『姑獲鳥の夏』連想してしまう自分もいます(笑)。

 

ふゆの樹の体温だつた抱きしめてくれるとき背にまはす両手は

 

 これなんかもさー。ちょっとつめたいのかな。でも両手の体温、しかも冷たさ(多分)を感じるんだから、背中はむき出しのはずなんですよ。てことはセックスするときの歌なのかな。恋人が抱きしめてくれて、でも身体の温度じゃなくて両手の温度を背中で感じてて。身体は温かいのに手はちょっと冷たいのかもしれないな。で、身体じゃなくて手の方を、「樹の体温」って思ってるの。

 まあー、ほんとぜんっぜん違う情景も想像可能です。負けたスポーツの試合後とかで上半身裸の状態で誰かに慰められてるみたいな…。この場合相手は服着てる。で、手だけがむき出しだから肌が触れ合ってて、その温度だけぼんやり意識してる状態。

 

これ以上くづしたら誤字になりさうな具合に偏と旁 抱きあふ

 

 解説には「隠す文体」「巧みなレトリシャン」とあります。比喩表現が美しいですよね。短歌の、「見せる」ことも「隠す」ことも可能な自由さが好きです。

 

 

スタッカートで泣くきみの抱かれたきものはここにはないと知りつつ (yuifall)

 

現代歌人ファイル その22-飯田有子 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

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飯田有子 

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純粋悪夢再生機鳴るたそがれのあたしあなたの唾がきらい

 

 この歌はスガシカオの『アイタイ』に似てるなー。「あなたの唾がきらい」なのにキスしてんだよ。あー、粘膜とか気持ち悪い、って思いながらセックスしてんの。多分、ご飯食べるのもきらいだしロマンスもきらいなんだろうな。解説には「少女期独特の過剰な潔癖さ」とありますが、この感覚は分かる気がします。内臓的なるものが全て嫌なんだよね。自分の中から血が出ることが許せなかったり。

 なんかこの歌の「純粋悪夢再生機」に、ホラー映画『リング』とかに出てきそうな、無声でモノクロの映像を連想しました。

 

たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔

 

 この「夜中になで回す顔」って、「枝毛姉さん」の顔なのかな?それとも自分の顔?全然違う誰かの顔?解説には

 

おぞましいものにまで助けを求めようとする切迫した世界観は、精神に来るタイプのホラー映画のようである。

 

とあるのですが、意味がよく分かりませんでした。夜中に何でもいいから助けを求めたくなる、という切迫した状況と一般化してとらえてもいいのでしょうか。それともそんなつまらない読みは許されないのでしょうか…。なんかすごい有名な歌みたいなのですが…。

 

さるぐつわあたしにかける手の甲のにおいでぜったい見分けてあげる

 

 「さるぐつわ」なんで全然違うんですけど、キスしてリップクリームのフレイバーを当てるゲームあったような…と思ってググったら男同士の動画ばっかりヒットして驚愕した。しかしこの場合「見分ける」必要があるのだから、「さるぐつわ」をかけてくる候補は複数いるということか?だって「だーれだ♡」系って、こんなことやるやつお前しかおらんやろ、ってのが前提じゃねーの(笑)?

 

 なんかどうもこれ系の歌に対して自分の向き合い方が真剣さに欠けますね…。くだらない連想しか浮かんでこないわ…。仕方ないので素晴らしい解説をご覧ください(笑)。

 

 飯田の歌は次から次へと悪夢ばかり映し出す映写機のようである。そしてそれは悪意から生まれてくるものではない。「たすけて」というとてつもなく純粋な叫びが根底にあるのだ。思春期前後の少女の潔癖と孤独をグロテスクともいえる方法で切り取った手腕は、実に鮮やかなものであるといえる。

 

 それにしても、(歌集の中ではどうか分からないのですが)ここで紹介されている歌はいずれも未成年の女の子がイメージされる内容です。中澤系と同じで、ある年代で出会っていたらすっごく刺さったんだろうなーと思う反面、今現在の感性では刺さってこないのが悲しいな…。「思春期前後」、要は中二の痛みなんですよ…。言葉がピュアすぎて、すでに若くない自分には読むのがつらいです。こういう歌を大人になってから詠めるのがすごいなって思うけど、詠み続けるのは難しいんじゃないかなって気もします。『林檎貫通式』以降はどういう歌を詠んでいるのか、気になる歌人です。

 

 

発車ベル鳴っているのに出られない櫛にごっそり抜けた黒髪 (yuifall)