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読書日記 2024年7月10-16日

2024年7月10-16日

・五十嵐律人『法廷遊戯』

・佐田三季『ボーダー』

林望『役に立たない読書』

・樋口裕一『読んだつもりで終わらせない 名著の読書術』

ルース・ベネディクト阿部大樹訳)『レイシズム

・逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』

伊坂幸太郎『終末のフール』

太宰治人間失格

 

以下コメント・ネタバレあり

・五十嵐律人『法廷遊戯』

 現役弁護士が書いた法律ミステリとのことで読んでみましたが、エンタメでした。ラノベかな。扱う内容はそれなりに重いんだけどどっかで見たことあるような感じだし、設定ありきというかこのシーン書きたかったのかなみたいな感じでストーリーの上滑り感が強く…。ラノベとしては面白いのでまあそういうものなのだと思う。法律の描写がしっかりしているので信頼して読める安心感はあります。

 

・佐田三季『ボーダー』

 この人の本を3冊ほど読んで思いましたが、基本キャラクターの性格が悪いので読んでいて疲れます。あとなんか、BL小説とLGBTQ小説って別だよなー、と思う。LGBTQ小説としては『ボーイフレンド演じます』(アレクシス・ホール)が好きで、漫画でも羅川真里茂の『ニューヨーク・ニューヨーク』は傑作だし、こういう本では性的マイノリティが社会でどう生きていくかを描いていると思うのですが、BL小説レベルでそこに触れると薄っぺら感が出てしまうでしょ。「ホモはキモい」という世間の目とか「子どもができない」という親不孝とかそういうの強調されても、結局「それでもお前を選びたいんだ!」っていうオチのためのお飾りでしかないじゃん。30歳という年齢設定で多少の崖っぷち感を出してはいますが、30歳なんて全然人生やり直し可能ですからね。これ、もともとノンケっぽかった方が40代後半とかに「やっぱ子供欲しいわ」となって終了からの泥沼展開みたいな未来の方がむしろ面白い感じします。この人の小説、BLオチじゃない方が面白い感じするんですよねどれも。性格悪いキャラクターを描ける能力がBLというエンタメの枠をはみ出てるからかもしれん。

 

林望『役に立たない読書』

 コンディションが悪くて読書が進まないので、小説ではない実用書でも読もうかな…と思った結果「読書術」本を買ってみた。しかしながらこの本、林望信者でなければ正直読む価値ないっつーか何なん?老害ムーブか?言ってることが支離滅裂すぎやねん。そもそも「「現代人は役に立つかどうかにこだわりすぎ。役に立つとか立たないとか度外視で好きな本を読むべき」という実用書」という存在矛盾は何なのか。

「自分が読みたい本を読むのがいい」と言っておきながら、「僕はベストセラーには興味がないし又吉直樹さんの本もnot for meって感じで読んでない」としょっぱなから実名出してディスり始め、一方では「(僕みたいな知識人でさえ)若い頃は(しょうもない)ハードボイルド小説に助けられたのだから読書に貴賎なし」とカッコ内の部分を匂わせつつ“どの本でも好きに読め”と再アピールする一方で「ベストセラーよりも古典」と強調してくるスタイルはマジ意味不明である。また、「図書館で本を借りるのはNG。自分で買った本こそが血肉になる。一度合わないと思っても時間が経つと腑に落ちることがあるので本は手元に残しておくべき」と言っておきながら「興味のない、自分には合わない本は手放すことも必要」と手のひら返し。図書館ディスもすさまじく、「昔から図書館でしたり顔で本を読む少年少女は苦手だった。僕は外で遊んでいた。リアルの体験が少ない今の若者は云々」って老害ムーブウザすぎ。この本がしたり顔だわマジで。当然電子書籍もディスりまくります。手元に何万冊でも置けるけどね!電子書籍ならね!まあ確かにこの本は電子書籍ではなくリアル本で買うべきだったかもしれないですね。リアル本なら二束三文でも売り飛ばせますしね。

「読書会は意味なし」「他人の感想は聞く必要なし」と非常に独善的な論が展開され、さらに「翻訳は読まない」アピールをし始める。確かに詩歌などの翻訳不可能性については昔から論じられていることではあるし、小説だって私レベルでさえ「この日本語訳つーことは原文はこんな感じだろうか?」と思うことはままあるのでその心が全く分からないわけじゃないですけど、百歩譲って英語ならともかく、ロシア語で『罪と罰』読めるんか?読みづらいラテン語ではなく庶民が使うイタリア語を使ったがために皆に受け入れられた『神曲』、じゃあ“平易な”イタリア語で読めるんか?私が大好きな『夜間飛行』とかめちゃ長い『レ・ミゼラブル』、フランス語で読めるんか?『千夜一夜物語』、めちゃくちゃ長いけどアラビア語で読めんの?難解な哲学書をドイツ語で読める?シェイクスピアの戯曲、古い英語で今と違うとこあって読みづらいけどそれも原文でなきゃだめなの?古典だと『ホメロス』『オデュッセイア』『デカメロン』『西遊記』とか全部原文で?マジで翻訳読んでないんですか??ちょっと信じられません。そしてそんなことを「オレの読書論」として堂々と活字にする神経が理解できません。さらに言えば作中で自分が現代語訳した『平家物語』とかおすすめしてくるんで本気で意味不明すぎ。「翻訳がだめ」なら平家物語だって原文で読むしかないやん。『源氏物語』『枕草子』絶賛する一方で「僕は東京出身だから東北の作家はね…。宮沢賢治とか太宰治とか合わないね」みたいなこと言ってますけど、『源氏物語』『枕草子』の作者は1000年前の京都人ですがそれはいいんか?

 マジヤバい本でした。トンデモ本の部類ですね。これ信じる人いんの?お金持ちで本がばんばん買えて家に広い書庫があって世界のあらゆる言語に精通し、あらゆる時代、あらゆる地域を経験した人間でなければ当てはまらない読書術です。まさに役に立たない本。名は体を表しすぎ。

 

・樋口裕一『読んだつもりで終わらせない 名著の読書術』

 一方こちらは著者の自慢臭が限りなく薄い実用書でした。本の読み方を手取り足取り教えてくれる感じです。「翻訳本は訳者によって違うから、色んなバージョンを読んで楽しむのもいいね」「他の人の感想文を読むのもいいね」「哲学書は読書会で意見交換した方が読みやすいよ」「有名どころは読むハードルを下げるためにあらかじめ概要を知っておく(ネタバレ)のもOKだよ」と、前述の林望本とのあまりの違いに愕然とする。例として最初に読まれるのが太宰治人間失格』である点にも溜飲が下がります。他に紹介されている本も読んでみたくなりました。『罪と罰』いつかは読まなきゃと思ってたし…。全体としてとても面白いし参考になりました。

 でもこの人の著書リストに『頭がいい人、悪い人の話し方』『ホンモノの文章力』などあってけっこう萎えた。『頭がいい人、悪い人』とか『ホンモノの』みたいな言い方大嫌いだし。別に頭の悪いニセモノで構いませんけど、って気になってしまう。何だろー、気持ちがすさんでんのか。

 

ルース・ベネディクト阿部大樹訳)『レイシズム

 これは素晴らしい本ですね。40年代の著作だとは、読んでいて驚きました。そして訳者が90年生まれと若いのにも驚いた。内容も訳も読みやすく、それほど長くもないし、多くの人に読んでもらいたい名著です。

 第二次世界大戦中に書かれた、人種差別についての本です。端的に言えば人種によって優れている・劣っているはあり得ないという(ある意味では自明の)ことを科学的に述べた一種の論文なのかな。普遍的なメッセージなので現代にも当然当てはまることが多く、深く納得しながら読めます。内容もとても面白いです。「人種別の優秀さを調べるために行った知能テストがうまくいかなかった理由」を述べた箇所とかとても面白かった。そもそも「英語で出題してるんだから英語ネイティブに有利」っていうのはその通りだよなと思ったのですが、「中国人や日本人に比べてラテン系の人たちはテストを真面目に受ける意味がないと思っているのでまともに取り組まない」(インセンティブもないのに熱心にテストを受ける意味が分からない)とか、「似た色のものを集める問題では、色彩感覚に優れたバリ出身者は“美しい色彩に並べる”ことに熱中して試験にならなかった」とか文化的背景によって試験への態度そのものが異なるということが興味深く思えました。そりゃそうだよな、急に上から目線で偉そうに「お前の知能調べます」とか言われて「そうですか」ってテストにまともに取り組んじゃう我々は世界の中からするとむしろ少数派かもしれん。

 ベネディクトは戦時中、日本人の精神性や行動を研究しており、それをもとに『菊と刀』が書かれたそうです。色々と批判もある著作のようなのですが、それも読みたくなりました。あとマーガレット・ミードと恋仲だったこと知ってびっくりした。大物カップルやん。

 

・逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』

 第二次世界大戦小説として絶賛されていたので読んでみました。引き込まれてぐいぐい読んだしストーリーはとても面白かったのですが、ものすごい不満もある。それは主人公セラフィマが最初から最後まで「汚れなき処女」である点です。周りで何があっても自分はずっと聖域に居続けるんですよね。いわゆる萌えダメというか、作者の萌えが原因で登場人物に感情移入できなくなったように感じ、読んでて結構きつかった。

 そもそも村の幼馴染ミハイルとの関係は恋愛ではないことが最初から強調されていて、だから途中の邂逅の際の「2人とも生き残って村に戻り、結婚して村を再建するなんておとぎ話が叶わないことは分かっていた。2人のうちどちらかは死ぬだろう」みたいなシーンもそれほど心に響かないし、後半のクライマックスシーンの衝撃もそれほど強くなかった。セラフィマは2度も敵に捕まりますが犯されないし、味方の歩兵にも性的な目では見られないし、狙撃兵としてめちゃくちゃ強く、最後はレズビアン(あるいはアセクシャル)として生涯を終えます。そんな人に「私は女性を守りたい」って言われても、それって優しい男性に守られるのと何が違うのだろう?同じ立場じゃなくて上から「守ってあげる」って言ってますよね。男に性的な目で見られず、犯されず、男を性的に愛さず、強く美しく、最後は女性を愛し女性と人生を共にするのだったら、それって男と何が違う?セラフィマはペニスのない男として描かれているとしか思えないんだよな。ていうか「汚れなき処女」でありながら男に欲望を向けられないという、女と男のいいとこ取りしてるキャラなわけ。私はこの人は自分と同じ女とは思えないし、女性として連帯できるとも思えないよ。この人に女の痛みが分かるとは思えない。自身は異性愛者の女として男を愛し、自分の男を選び取り、彼に肉体を捧げ、子供を産んで命をつなげる存在でありながら、女性を虐げる全ての男を憎むからこそ葛藤が生まれるのではないか。女として男を愛するからこそ身を切られるような痛みがあるのではないか。そこ全然ないじゃん。

 夫が戦地に行った後妊娠が分かりドイツ兵の愛人になってしたたかに生きるサンドラや、子供を殺されたから年少者を守りたくて兵士になったヤーナには共感できるし、ヤーナとシャルロットの関係性は「疑似親子」として納得できる。でもセラフィマとイリーナの関係は納得できない。「シスターフッド」は若い女性の間で共有されるものではありますが、それは相手が自分を性的な目で見ないことが前提のプラトニックな愛ですよね。イリーナと愛し合って暮らすなら、プラトニックなシスターフッドの延長線上にある関係に過ぎないのか、それとも性的な関係性を伴う同性愛なのか、はっきりしなくちゃないじゃん。でもここでは40年代~のソ連で同性愛者として生きることの辛さには全く触れられません。そこはメインテーマではないのですが、逆にそこがメインテーマにできないならイリーナとの人生を選ぶエンドにすべきじゃなかったのでは?という思いがある。単にセラフィマを「汚れなき処女」という聖域に留めておくためだけのオチという印象。セラフィマを同性愛者として(あるいはアセクシャルとして)描いたことでテーマがブレてしまっている印象をとても強く受け、しかもそれがクライマックスおよびオチに関わる根幹の部分だったのでラストに向けてどんどん「はぁ?」って感じになった。小説として面白かったので、そこほんと残念です。

 というか「シスターフッド」的関係性については、結局女が書いたやつじゃないとつまらないということを再確認した形。これ、要は男性作者による壮大なGL小説ですよね。女性が書いたBLの超大作と何が違うのか?時々すごすぎるBL小説読んで「これBLじゃなかったら一般でもっと評価されたのでは…」とか思ってしまうことがあるのですが、そういうものをそのまま一般書としてお出しされた感じ。百合はジャンル確立されてないせいか一般にはみ出て来るのほんとやめてほしい。百合要素なしでやってくれん?描きたいテーマに対してそこが一番邪魔じゃん、て思ってしまいました。

 

伊坂幸太郎『終末のフール』

 3年後に惑星が衝突するとかなんとかで世界が終わることが分かってる世界の話。「冬眠のガール」と「天体のヨール」が好きだったかな。特に「天体のヨール」は、散々友情を描いておきながら結局奥さんのいない世界と決別するために自殺するとこ、友達も別に止めないとこ、その友達は「惑星を近くで見れるなんて楽しすぎる。絶対夜であってほしい」みたいに言うとこ、そういうのがなんか好きだった。他の短編の、何があっても泥臭く生きよみたいなメッセージもいいんですけどね。

 こういう世界の終わり系の話読んでると、自分なら真っ先に死ぬなといつも思います。結局、腕力かコミュ力が高いやつが生き残るのでは。自分はどっちでもないし。

 

太宰治人間失格

 樋口裕一『読んだつもりで終わらせない 名著の読書術』で読まれていたのですごく久しぶりに読んでみた。多分前に読んだのって、「こういうの読んでおかなきゃいけないのかなぁ」とか思ってた10代の頃とかなので記憶がかなり曖昧だったのですが、読みやすくてとても驚きました。太宰治すごいな。

 この人はどのタイミングで自分を「人間失格」と思ったんでしょうね。単純に、精神病院に入ったからとは思いたくないじゃないですか。つまりこの人にとってのpoint of no returnはどこだったのかなーと思います。まあ生まれつきの性質と考えても悪くはないのですが、最初の「自分は世界とずれている」というエピソードはわりと万人に共感できるものだと思うんですよね。雲行きが怪しくなるのは「使用人に性的虐待を受けていた」というあたりで、ここはもう「道化」とかそういうレベルで乗り切れるトラウマではないのでは…。その後性的に堕落し、内縁の妻が性被害を受けているのも見て見ぬふりをし、麻薬に溺れ、という軌跡を見ていると、幼い時の性的虐待が根本なのではと思ったりもしますが、そんな風に端的に片付ける話でもないよなーとも思う。だって性的虐待を受けたからって人間失格になるはずがないし。でもじゃあどのタイミングでどうすればよかったのか? って考えてもなんかうまくまとまらない。下手にモテる男だったばかりにね。しかし少女漫画とか女性向けエンタメだとモテる男ってスパダリだけど、実際に女が切れないのってこういうダメ男かもしれんなーとか思いました。マジでどうでもいい感想。