いろいろ感想を書いてみるブログ

短歌と洋楽和訳メインのブログで、海外ドラマ感想もあります

読書日記 2024年10月16-22日 

2024年10月16-22日

有栖川有栖『こうして誰もいなくなった』

・キム・フィールディング(冬斗亜紀訳)『犬晴れのクリスマス』

アンドレイ・クルコフ沼野恭子訳)『ペンギンの憂鬱』

丸谷才一『笹まくら』

・辻村七子『宝石商リチャード氏の謎鑑定 再開のインコンパラブル

斎藤美奈子『名作うしろ読み』

斎藤美奈子『趣味は読書。』

斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』

斎藤美奈子『妊娠小説』

 

以下コメント・ネタバレあり

有栖川有栖『こうして誰もいなくなった』

 ノンシリーズの短・中編集です。面白かったです。特にパロディものが面白くて、『不思議の国のアリス』のパロディと『そして誰もいなくなった』のパロディがとてもよかったです。14編も入っており、すごく短い話でオチついてるもの(『盗まれた恋文』)や日常の謎もの(『本と謎の日々』)など色々な話が載っていてとてもお得でした。

 

・キム・フィールディング(冬斗亜紀訳)『犬晴れのクリスマス』

 海外M/Mの短編。単話だしエロもなくてちょうどよい塩梅でした。普通に面白かったのですが、でも海外モノって2人ともゲイだったりするから、カミングアウト済オープンゲイの2人が出会って恋する話って男女の恋愛話とそれほど変わらないような印象もあります。仕事にかまけて彼氏にフラれた40女とバツイチ子持ち男の恋愛話と何が違うのか?多分同じなんだと思うんだよな。要は「LGBTQの恋愛もストレート同士の恋愛と変わらない」みたいなスピリットのもとに書かれている話であって、ファンタジーとしてのBLとは位相が違うように思えます。こういうの読むと、自分はBLに一体何を求めているのだろうと考えざるを得ない。あと海外モノのキャラの“モテない”は概ね“現在恋人がいない”の意味であって、日本の“今までに恋人がいたことがない”とは大きく意味合いが異なるのも興味深いところです。まあ、何はともあれ、犬がかわいいです。

 

アンドレイ・クルコフ沼野恭子訳)『ペンギンの憂鬱』

 ウクライナの人がロシア語で書いた小説です。2004年の本なので今回の戦争の影響は関係ないのですが、舞台は90年代で、ソビエト崩壊後独立したウクライナの不安定な情勢を「憂鬱症のペンギン」というメタファーを取り入れながら描いた内容になっています。確かにペンギンはとてもかわいいし主人公が巻き込まれる状況はいかにも不穏なのですが、ペンギンや主人公よりも最後ソーニャ(女の子)がどうなっちゃうのかだけが一番気になりました。この子を捨てていくんかい。だったら親の友達を名乗る男が引き取りに来た時渡しときゃよかったやん。終盤のカジノのくだりはちょっと何なの?と思いましたが、最後の「私がペンギンです」とてもよかった。もしかしたら「信頼できない語り手」ものなのかもしれないという不穏さもあって終始ぐいぐい読ませました。

 

丸谷才一『笹まくら』

 米原万里のおすすめ本。徴兵忌避者として太平洋戦争を逃げ続け終戦を迎えた男が、終戦から20年近く経ってから徴兵忌避の経歴に苦しめられる話で、現在の状況と過去の回想が場面転換なしにシームレスに描写されます。なので流し読みしてると何がなんだか分からなくなります。人間の意識って実際こうだよなぁと思いながら読みました。今ここにいるんだけど全然違うことを考えていたりするその描写がとても真に迫っていて。主人公には戦争中秘密を共有しながら一緒に生活していた女性がいて、終戦後別れてしまうのですが、妻との会話やセックスの最中に過去の女性の回想が入って描写が入り乱れるシーンなんかもあって、そのリアルな感じにちょっと打ちのめされました。終戦直後は反戦の気風なんかもあって徴兵忌避の経歴はそれほど嫌がられなかったのが、かなり時間が経ってから「あの男は日本男児としての通過儀礼を受けていない」という雰囲気に変わってくる空気感もとてもリアルだったし、そんな男がなぜ若い女性を妻にもらうことができたのか、その“若さ”はつまり“徴兵忌避”に対する感覚が上の世代とは異なるという意味なのか?とずっと疑問に思っていたのですが、その謎が最後に解ける展開に鳥肌が立ちました。

 丸谷才一は『快楽としてのミステリー』で“純文学論争”に触れながら、探偵小説は文学か?ということについて書いていましたが、この『笹まくら』は純文学でありながら伏線回収や謎解きなどミステリの要素があり興味深かったです。

 それにしてもこんな小説の書き方があるのか…ということにおののきました。決して読みやすくはないのですがリアル感にめちゃくちゃ引き込まれます。あと登場人物の思惑の錯綜が、ああー、人間ってそうだよなって思えてとてもやるせない気持ちになります。しかし読むのにエネルギーがいる系だったので、立て続けに他の本も読みたいかというとためらいます。ちょっと時間を置きたい。

 

・辻村七子『宝石商リチャード氏の謎鑑定 再開のインコンパラブル

『笹まくら』の後で軽め本を読みたくなってラノベ。このシリーズ、第1部が一番面白かったなー。第1部は日常の謎ものって感じでとてもよかったし、主人公2人の関係性もブロマンス止まりで萌えたし、正義には好きな女の子がいてリチャード氏には過去の女性がいてそういうバランス感覚もよかったのに、第2部以降はなんかキャラ小説じみてきたし、ローティーン女子向け「初めての多様性入門」みたいな感じになってて萎えます。特に第3部に入り主人公が中学生になってからはガチで対象年齢小4~小6かな?ってレベルになってしまい、これは私は対象外ですな…と思いながら惰性で読んでる。最初は普通のヤングアダルト向けラノベだと思ってたんだけどなぁ。なんで徐々に対象年齢が下がるのだ。今さら困るよ。

 今回もなんか全体が茶番ぽいというか。ヨアキムが中学生女子に避けられるのは性別不明だからじゃなくて家庭環境が複雑な男子が連れてきた得体の知れない外国人の大人だからじゃん…。それを「トランスジェンダーだから」みたいに単純化して年端も行かない同級生たちを仮想敵化するのどうかと思うし、友達のお姉さんが口出してくんのもそんなことあるかよって思うし、ヨアキムとジェフリーはハーレクインも真っ青なテンプレ逃亡茶番劇を繰り広げてて正直見てらんないし、あとなにより正義とリチャードが子供っぽすぎて嫌になる。第1部では正義は二十歳そこそこの大学生だったので子供なのは気にならなかったし、リチャードは過去のある大人の男性として描写されていたと思うのですが、いまや正義はアラサーでリチャードは30代半ばなのに一体なんなのか。がんばってスペックだけ上げた描写されてても精神的には子供のままじゃん。中学生が憧れる大人レベルなのよ。これ、2人の関係を曖昧にしてブロマンスものとして続けるなら別に気にならないのですが、マイノリティの生きづらさみたいなのに焦点を当てて社会派みたいに描くなら、2人の関係性がいつまでも中学生みたいなのは浮きすぎてるよ。セクシャリティを語る時に避けては通れない生臭さや正義のトラウマとかにも向き合って描く覚悟がないんだったら社会派の方向性にするべきじゃないのでは。

 というか、腐女子の分際で敢えて言わせてもらうと、リアルに正義のビルドゥングスロマンみたいな内容にするなら、私は正義にファム・ファタルが現れるべきだと思うんですよね。リチャードじゃダメだよ。2人の関係はぬるま湯すぎる。リチャードは正義にとって安牌だし、要は同質の存在と同病相憐れんでいるようにしか見えないんですよ。全てをぶち壊す運命の女(つまり自分とは全く異質な存在)に出会って正義がリチャードを卒業し、“女を殴る父親”というトラウマを乗り越えてその女性を性愛込みで愛し、自分と相手を受け入れ、自分の子を持ちたいと望めることが成長じゃないのか。第3部の義理の弟との関係は“弱者を守る(殴らない)俺”“子育てをする俺”という自意識のためのギミックにしか見えませんが、すでに自我がありすぐに一人前の男に成長する中学生男子(もちろん性愛の相手ではない)がその対象というのもまた安牌に感じる。どうしても正義とリチャードの関係を“恋愛”と定義するなら性の問題、もちろんセクシャルマイノリティとしての人生を生きること自体の葛藤や性欲の生臭さも込みだけどそれ以上に、要は彼のセックスに付随する父親のDV問題(自分が寝る相手を殴る人間であるかどうか問題)とはせめて向き合うべきだと思う。その辺を描かないなら日常の謎ものライトミステリ止まりがいいとこだと思うし、もう方向性が分からん。いやローティーン向け「多様性入門」小説方向なのか。だから男性キャラがみんな去勢された清く正しい昔の少女漫画のヒーローみたいなのか。でも私は、正義は去勢されたままじゃ救われないと思うのよ。

 

斎藤美奈子『名作うしろ読み』

 名作をラスト1行から読み解こうという読書本。確かに最後の1行ってあんまり知らないなぁ…。『伊豆の踊子』のラストとか初めて知りました。一方『細雪』はラストが意外に有名ですよね。あまりにも身も蓋もないせいかな。『グレート・ギャツビー』や『月と六ペンス』のラストについてそういう読み方もあるのかぁ、と面白かったです。『坊ちゃん』のラストはいいですよね。

 あとがきが面白すぎて声出して笑いました。

 

 もしもあなたが何かを書いていて、終わり方で困ったら、とりあえず付け足しておこう。「外には風が吹いていた」「空はどこまでも青かった」「私は遠い山を見つめた」。

 音楽でいえば最終楽章のコーダにも似た終わり方が演出できる(保証はしない)。

 

ですって。

 もっと名作読みたいなーといつも思うのですが、名作って重いんだよな…。疲れるので時々しか読めない。

 

斎藤美奈子『趣味は読書。』

 この人の本面白すぎて止まりません。次は「ベストセラーを読んでみる」本です。序文の、「ベストセラーは誰が読んでいるのか問題」がまずとても面白かったです。それから本文に入るのですが、文章のキレがよすぎてやばい(こっちの語彙は消失しました)。タレント本の評価が意外に高く見えるのも面白いところです。「私小説」文化ということでしょうか。『倚りかからず』(茨木のり子)、『鉄道員』(浅田次郎)、『冷静と情熱のあいだ』(江國香織辻仁成)あたりに対するツッコミが面白すぎてマジで笑いが止まんなかった。

 それにしても、昔のベストセラーとそれに付随した社会状況についての本を読んでいると、「モーレツサラリーマンも50代~60代になり、今の30代~40代はライフワークバランスを大事にしている」など、今と大して変わらないじゃんみたいなことも書かれていて面白いです。戦後世代はまた違うのかもしれませんが、その下に関してはどの時代、どの世代でもそんなこと言われてたんだなぁと。一方で日本がまだイケイケだった時代の本が多いので、その辺はだいぶ感覚違うよなぁと思ったりもした。

 そういえば、「ベストセラーは誰が読んでいるのか問題」、この書評で取り上げられている本は老人向け、中高年男性向けなどと評されるものが多かったのですが、意外に子供が読んでいるのではないかとも思ってます。ここで突っ込まれてる本、いくつか子供の頃読んだことあるもん。

 

斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』

 面白すぎて電子書籍で買える本全部買ったのでしばらく同じ作者の本が続きます。これは、普通は目を付けない“小説の解説”に突っ込みを入れる批評本です。まず最初の『坊ちゃん』(夏目漱石)の解説に対する評論が面白すぎ。松本清張『点と線』とか渡辺淳一作品の解説とか笑ったよ。渡辺淳一、今の時代だったら“わきまえない”女子に普通に訴えられてそうですね。

 実際、解説読んでとても面白い!得した!って思うものと、期待して読んだのになんじゃこりゃっていうのはあるので、そこのところを突き詰めている人がいることを知って楽しかったです。

 

斎藤美奈子『妊娠小説』

「望まれない妊娠」という一点にスポットを当てて日本の近現代小説を読み解くという内容です。めっちゃ笑った。

 正直言って、妊娠が出てくる小説って基本的に不愉快じゃないですか。避妊をした気配はないし男は頼りにならないし女は死んだり病んだりするし、で色々全てがおさまってから男が「こんなこともあって辛かったよ…」って回想するみたいな内容で。しかしそれを単に「女性差別!不愉快!」で終わらせず、徹底的に分析してしかも茶化して笑いに変えていて、こんな風に昇華する読み方があるのか…、と衝撃を受けました。特に“受胎告知”のタイミングがいつ来るかを野球のイニングに例えたくだりなんて笑いが止まんなかったし、病院や胎児の描き方についてのツッコミも面白すぎた。日本の社会状況の移り変わりやフェミニズムとも絡めて論じられており読み応えがあります。まあ、「妊娠」という言葉が胃もたれしてくるけどね。

 これは1994年の本らしいですが、その後2000年代くらいには性経験の低年齢化などがセンセーショナルに取り上げられ(援助交際ブームとか)桜井亜美本やケータイ小説などで妊娠が取り沙汰され(やはり女は病んだり死んだりする)『14歳の母』みたいな低年齢出産も脚光を浴びましたが、今では「会社の給湯室に1週間も潜んでいれば妊娠の噂が聞こえてくる」みたいな牧歌的な状況は失われ、子供が生まれない時代です。中絶件数は年々減り続けているし初産年齢の高齢化や不妊の増加で今後「妊娠小説」がどうなっていくのか興味深いところです。