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読書日記 2024年10月2-8日

2024年10月2-8日

ジェーン・オースティン小尾芙佐訳)『高慢と偏見』上下

講談社インターナショナル『これを英語で言えますか? デラックス』

・ライリー・ハート(冬斗亜紀訳)『もしも裸で泳げたら』

米原万里『打ちのめされるようなすごい本』

平山夢明『トゥルークライム アメリカ殺人鬼ファイル』

斎藤美奈子『モダンガール論 ――欲望史観で読む女子の二〇世紀』

高橋源一郎斎藤美奈子『この30年の小説、ぜんぶ 読んでしゃべって社会が見えた』

・川琴ゆい華『ソロ活男子の日常からお伝えします』

丸谷才一『快楽としての読書 日本篇』

 

以下コメント・ネタバレあり

ジェーン・オースティン小尾芙佐訳)『高慢と偏見』上下

 これは面白かったです。前に『分別と多感』読んで合わなかったのでどうかなぁと思っていたのですが、かなり皮肉が効いてる恋愛小説で笑えました。もともと、働かない男女の色恋話なんてつまんねーよ!と思っていたのですが、読んでみるとこれはプロジェクトXですね。結婚こそがいわば事業なわけで、そこにロマンスのスパイスを加えつつ皮肉なブリティッシュジョークを織り交ぜていい感じに仕上がってます。これ書いた時21歳というのだから驚き。

 キャラクターがみんなデフォルメ気味というか戯画化されていて、内容も金持ちでイケメンだけど無礼な男に「大キライ!」からのラブストーリーなので、あらゆる少女漫画の原形ですね。元祖「おもしれー女」話で、『花より男子』(神尾葉子)はこれが元ネタかなぁ。まああれは正直F4の誰も好きになれなくてこいつら調子乗っててマジムカつくな…と思っただけだったのですが、この小説のダーシーは好感が持てるキャラクターでよかったです。レディ・キャサリンとエリザベスの対決シーンとかとても読み応えありました。

若草物語』『ジェイン・エア』『高慢と偏見』あたりが現代に至るまでの創作物に与えた影響は限りないなぁと読んでみて思いました。

 

講談社インターナショナル『これを英語で言えますか? デラックス』

 電子書籍サイトでとても安売りしてみたので買ってみて、しばらく放っておいていたのですがとりあえず目を通してみた。単語の羅列がほとんどなのであんまり見やすくないです。ことわざとか、有名文学のタイトルとか、映画のタイトルとかは面白かった。やっぱり文章になってないと頭に入ってこないよね…。単語だけじゃさ…。

 

・ライリー・ハート(冬斗亜紀訳)『もしも裸で泳げたら』

『ボーイフレンドをきわめてみれば』の作者と同じ人が書いてる単話だったのでおまけの続編かスピンオフかなんかかと思ったら全然違う話だった。内容は面白いんですが、主人公の頭の中がピンク色すぎるしエロシーンが多すぎて辟易した。このヴォリューム(私の読書環境で91ページ)でそんなにエロ入れたら中身ないやん。いやまあ中身全然ないわけじゃないけどさ。この辺はニーズの問題なのでなんとも言えませんが、キャラクターやストーリーはそれなりによかったです。

 

米原万里『打ちのめされるようなすごい本』

 夏の半額キャンペーンでたくさん買った古典新訳文庫の積読が少なくなってきたので(まあ、まだありますけど)、そろそろ読書の達人による読書本を読んで新規開拓しようという試みです。面白そうな本がいくつもあり、電子書籍で買えるやつは早速購入してみました。

 しかし、一方で、以前読んだ時には感じなかったアラも目について困惑した。この本は私の電子書籍の本棚にあったものなので購入は13年以内のはずで、13年以内に一度は読んでいるはずなのですが、こんな内容だったっけ…、と思ってしまった。米原万里は高名なロシア語通訳で、1日7冊ペースの読書を20年続けているという超読書家で博識なので、人文系や歴史系の知識や見識はものすごいです。でも、これ読んでて、理数系の知識の浅さに衝撃を受けました。これだけの読書家でも理系分野ってこんな感じの理解なの?特に癌を宣告された後にトンデモ医療や代替医療にはまっていく様が読んでいてとても辛く、これほどリテラシーの高い人でもこんなものを信じてしまうのか…、とかなりショックだった。あとこの人は大の動物好きで犬や猫をたくさん飼っていて犬猫関係の本もたくさん読んでいるのですが、ある本の書評で「“犬は人間と90%DNAが一致しているから思考も理解しやすい”という見解にはかなり説得力がある」などと書かれていておいおい…ってなったよ…。犬とも猫とも90%くらいは一致してるし、ネズミとも85%くらいは一致してるし、それどころかバナナとだって60%くらいは一致してます。そもそも人間のDNAの50%くらいは意義不明の繰り返し配列なので、一致するかもしれないけどその意義は今のところ完全には分かっていません。ちょっと大きな本屋に行けば専門書にいくらでもアクセスできるのに、てかこの人レベルの語学力があればナマの論文だっていくらでも読めるだろうに、どうしてトンデモ本を読んでしまうのか。

 以前マイケル・サンデルの『実力も運のうち』読んでいて、「正しい知識に触れさえすれば正しい考えになる」と人は考えがちだがそれは事実ではない、と書かれていて、そうだよなって思ったんですよね。この『打ちのめされるようなすごい本』を読んで、どれほど知識に触れてもそれが正しいかどうか、それによって導かれる結論が正しいかどうかなんて誰にも分からないと改めて思った。あと、この本の中では、「ロシアの教科書はとても面白いが日本の教科書はつまらない。自分は司馬遼太郎で歴史を学んだ」みたいなことが書かれてあって、ええ~?って思ったんですよね。まあ教科書だって正しいかどうかなんて分からないけど…。でも、ある出来事が事実であるかどうか、十分に検証されていることもそうでないこともあり、また立場によって解釈が変わることもあり、それを許容したうえである程度事実に近いものの羅列が教科書で、一方フィクションは事実性よりも面白さ重視で構わないものですよね。あるいは入念な取材に基づく事実をもとにしていても、解釈が物語性を帯びているからこそ面白いものになるのでは。でも科学だって本質的には同じことで、あるテーマに関する仮説やそれを検証するためのデータを得る手法、データの解釈は絶対ではなく研究者のナラティブなわけで、それが検証されているもの(査読付き論文)とそうでないもの(トンデモ本)の違いはどうしてもあり、そんな本で科学を理解することは司馬遼太郎で歴史を学ぶのと同じなので、要はフィクションとして「こんな考え方もあるのかぁ」と楽しむレベルなわけで、それ分からないで読むとまずいよなぁと。そして、やたら「エビデンス」とか言う人はそれが分かっていない可能性があるので要注意ですね。エビデンスにはレベルがあるし、また事実に対する解釈の違いもあるので。たとえば「犬と人間のDNAが90%程度一致する」というのが事実だとして、「だから犬と人間の思考は互いに理解しやすい」というのは解釈にすぎません。

 前に橘玲の本読んだ時も、文系分野は面白いけど理系分野の知識はかなり表面的だな…と感じたんですよね。米原万里にそんな風に感じるとは思っていなかったので、驚いたしショックでした。あと年齢的になのか、文章の老害感は否めない。「今の日本人は~~」とか「最近は凶悪犯罪の低年齢化が~~」とか全く統計的事実に基づかない思い込みみたいなやつ。まあ、でもやはり人文系、歴史系については面白いので参考にしたいと思います。

 

平山夢明『トゥルークライム アメリカ殺人鬼ファイル』

 テッド・バンディとかジェフリー・ダーマーなど有名な殺人鬼の生い立ちと犯行、その後についてのライトなまとめ本。もとはラジオか何かだったみたいで、内容は軽めです。だいたい「家庭環境が悪かった」みたいな生い立ちが強調されるのですが(中には「両親共働きでスキンシップが少なかった」とかいうのもあって、それはねーだろと思いましたが)、序章で家庭環境が悪かった有名人2人を対比し、片方はアン・サリバンで片方は有名な殺人鬼であること、この2人の違いは生い立ちだけでは説明できないことなどが指摘されたうえで本章が始まるので、安易に家庭環境に全ての原因を押し付けようという意図は感じないです。平山夢明の総括コメントが面白く、どんな生い立ちであっても“自分は被害者だ”と定義しつづける人が社会に対して加害者になる、というようなことが述べられていて、『冷血』(トルーマン・カポーティ)読んで分からないと思ったことを教えてもらったような気になりました。

 それにしても平山夢明のコメントとても理性的で倫理的だと思うのですが、この人があんな小説書くのか…ってとこが怖いわ…。まあフィクションだからできることもあるのか…。

 

斎藤美奈子『モダンガール論 ――欲望史観で読む女子の二〇世紀』

 米原万里のおすすめ本です。これはとても分かる、と思った。結局はジェンダー論争の前に階級闘争だったんだよなと。そして今再び格差拡大によってそれぞれの立場が細分化され、SNSによって他人の生活が可視化されているのもあり、誰が得してるの損してるの論争はとどまるところを知りません。

 ここでは大正時代の中産階級の暮らしについて触れた後で、いわゆる普通の人の生活についても言及します。ずっと思っていたのですが、共働きなどに反対する人の言う「日本の伝統的な家庭」って何だよと。「日本の伝統的な家庭」って、夫(長男)、妻、子供(たくさん)、夫の両親(場合によっては夫の兄弟)同居で、主に農家などの第一次産業に従事しており、妻は家業、家事、夫の両親の世話を一手に引き受け、子供は基本放置、何なら子供も働く、みたいなやつですよね。そして次男以降は家を出されるので家も土地もなく極貧で肉体労働をし、妻は製糸場などの手工業に従事しつつ家事をし子供は基本放置あるいは仕事、みたいな感じです。サラリーマンの夫と専業主婦の妻と子供2人、っていうのは高度経済成長期というごく一時期の超特殊な家族形態であって全く伝統じゃないよなーと。

 この本の中では、戦前までは日本人の大多数は極貧の労働者階級であったこと、戦後の高度経済成長で中産階級の暮らしに憧れた女たちが専業主婦を目指したこと、しかしその時代を経てあれほど憧れた専業主婦は幸せのゴールではないと気づかされたこと、などが具体例を挙げて事細かに論じられます。育児と家庭の両立論争が100年前にはすでに起きていたことや専業主婦寄生虫論(この言い方大嫌い)が昭和から存在したことなどには驚かされました。今も大して変わりないやんけ。といっても別にフェミニスト女vsミソジニー男みたいな構造ではなく、立場の違う女性の間での考え方の違いや価値観の違いによる論争の歴史を記述する形式なので不快感はありません。女性誌の歴史なんかも詳しく書いてあって面白かったです。

 

高橋源一郎斎藤美奈子『この30年の小説、ぜんぶ 読んでしゃべって社会が見えた』

 斎藤美奈子が面白かったのでもう1冊買ってみた。高橋源一郎斎藤美奈子がブック・オブ・ザ・イヤーをそれぞれ選び、それを読んだうえで対談する形式でした。全体としては面白いのですが、2011年から始まるので、いきなり震災の話でちょっとしんどかった。読んだことある本あんまなかったなぁ。読んでみようかなと思った本がいくつかあったので今度買ってみます。でも電子書籍ないやつってどうしても購入のハードル上がるんですよね…。家に置くとこないし、思い立った時に読めないし。

 

・川琴ゆい華『ソロ活男子の日常からお伝えします』

 いわゆるお仕事BLです。仕事ちゃんとしててその点とても面白かったです。でもこの受の人、他人に興味ないのかと思い若干萎えた。攻が受の過去を一生懸命受け入れようとするシーンで、受が過去の恋愛を打ち明ける流れになるのですが、この時まだ2人は恋人同士ではなく友達同士なわけで、普通聞かれたら自分も聞きませんか?「そっちはどうなの?」ってならん?なぜ訊かない?相手に興味ないんか?だから尋ねなくてもお互いをよく知っている幼馴染のことが今でも好きなのではと勘繰られるんじゃ?BLに限らずですけど、恋愛もので受や女子の方が受け身すぎる話って苦手なんだよなぁ。これは受け身すぎるってほどではないんですけどね。というか話はとても面白かったのでちょっと気になっただけです。最初「出会いがない」とソロライフをごまかす受に攻が善意100%で先輩女子を紹介してくれるシーンとか脈ナシって感じで面白かったし、受が純情可憐じゃないとこもよかったです。

 

丸谷才一『快楽としての読書 日本篇』

米原万里丸谷才一の小説をおすすめしていたので一冊買ってみて、ついでに読書本っぽいものを3冊ほど買ってみました。これは「日本篇」です。1960年代~90年代くらいの書評をまとめた本で、かなりのヴォリュームがあります。旧かなづかいだし内容もわりと難しめ(というか全然知らない本ばっかり)なので最初は失敗したかな…と思ったのですが、読んでみるとけっこう面白いです。全然知らない本の書評なんですけどね。時々辞書なんかも取り上げられていて、それに対する突っ込みがまた面白いです。取り上げられている本、買って読もうかと思ったものもあったのですが、電子書籍にないどころか絶版で中古でしか手に入らなかったりするものが多く、ちょっと考え中です。