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短歌の「私」 ⑪

『ねむらない樹 2020 summer vol.5』特集 短歌における「わたし」とは何か?

座談会 コロナ禍のいま 短歌の私性を考える

を読んで、歌の作り手ではなくて読み手の目線で色々考えてみました。

 

<短歌の「私」記事一覧>

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短歌の「私」に補足 - いろいろ感想を書いてみるブログ

 

 歌集『人の道、死ぬと町』の中の、笹井宏之の死について描いた『棺、「棺」』という連作の中で斉藤斎藤はこう書いています。ちょっと長く引用します。(レイアウトや傍点は正確に再現できないので無視して引用します。すみません)

 

 

棺には付いてゆかずにしゆるしゆると啜りゐたりき貝の味噌汁 (石川美南)

 

この場面が、具体的にはいつ、どこでの出来事で、そして

その「棺」が誰の棺だったのか、

石川さんがあえて消去した理由は痛いほどわかるのだけれど。

わたしたちが味噌汁を啜り、とりとめのない話をしながら思いを馳せていた

 

その「棺」が誰の棺だったのか、

それ以上に書くべき何があるのだろうか、と

痛いほど思いもするのだった。

 

(中略)

 

棺には付いてゆかずにしゆるしゆると啜りゐたりき貝の味噌汁 (石川美南)

 

そんなわけで、わたしはこの「棺」に

笹井さんをしか納めることができないけれど、

(そしておそらく、石川さんもそうだろうと思うのだけれど)、

そんなわけを知らない読者は、

読者それぞれにとっての「誰か」を、

かつてそれぞれの読者が

ながいながいクラクションを聞きながら

手をあわせて見送った「誰か」を

この「棺」に納めて、この歌を読むのだろう。

それでいい、伝わらない。

 

私性。

わたしを主人公に、わたしの実体験を歌にすること。

しかし実体験を歌にすると、どうしても

三十一文字におさまりきらない経緯や場面が

削ぎ落されることになる。

削ぎ落されることで、

歌の前後の行間に余白が生まれ、

読者に感情移入の余地が生じる。

そうしてわたしの個人的な体験は、

読者にも共有可能な「体験」となる。

 

だから、わたしが歌を詠むとき

わたしの体験に固執すればするほど、

ほかでもないこの私が

誰にでもなれる「私」に

たやすく化けてしまうのだ。

 

つまり歌とは、日々の「棺」なのだろう。

ほかでもない私の、この記憶をおさめた棺を、

誰しもの、どの記憶をもおさめられる「棺」として

誰にともなく手渡すこと。

だから、わたしの歌が遠い誰かに読まれ、幸運にも

遠い誰かの心をゆさぶるとき、わたしは

わたしの棺を放り出される。

行間の余白に、読者がそれぞれの思いを書き加えてゆくのを

ほほえみながら、眺めているほかない。

それはとってもゆかいなことだ。

それはまったくわたしには

関係のないゆかいなことだ。

 

 

 『人の道、死ぬと町』は、全体に、読むのがつらい本でした。テーマも重いし、斉藤斎藤の短歌との向き合い方が重いし、そのことで笹井宏之の作歌姿勢を非難する態度がしんどいし、それを、こうやって、読者にも向けてくるのもしんどいし、じゃあどうやって読めばいいんだ、って思ったけど、結局、作者が唯一の人であること、その唯一の体験から唯一の歌が生まれることは事実で、それをリスペクトする以上に一読者が作者のためにできることはない、とも思った。

 

 それにしても、『棺、「棺」』は308~359ページにわたる長い作品であり、

 

しかし実体験を歌にすると、どうしても

三十一文字におさまりきらない経緯や場面が

削ぎ落されることになる。

 

とは言いますが、ほとんどがいわゆる「詞書」、というか、「地の文」で構成されていて、斉藤斎藤の実作の短歌は以下のみです。(歌のみを引用するのは、𠮷田恭大も指摘したように、斉藤斎藤の意図に全く反すると思いますが敢えて)

 

ていねいに剥いでゆくスライスチーズのフィルムにのこる靄ではじまる

ママはもうくたびれ果ててガキ二匹泣きわめいててくれてたすかる

書いていい事とはずかしい事があり書かないでわすれてしまうあれこれ

本は物 すべすべの表紙をもって行っていくらさすっても仕方がなかった

奴はわりと何にでもなる気をつけろひからびかけた太巻のとぐろ

ビニールで密閉されている窓をひざまずいて見下ろす はじめまして

「きのうの夜はとてもいい顔をしてました きのうの顔に会えてよかった」

「いてほしかった」言ってソファにしずむひとに私にできることいること

九州は肉まんにタレがついてくる世間話は今でもします

導師さまのお経は終わりあまりにもすかさず「喪主焼香」

伝わるひとには伝わるけれど読み仮名を聞いてくれたら教えたかった

斎場のとなりの団地の住人のように聞くながいながいクラクション

「だってわかってたらもっといろいろ」「だってわかってなかったんだから」

無記名の歌会でみんなわらってて遺影のようにほほえむわたし

あなたの墓をあなたの涙は濡らすことができないのだから 雨が降っている

 

敢えて一切の「詞書」をはぶきましたが、この歌のみからであっても、

・九州に住んでいる歌人(「歌会」という記載から)が亡くなったこと

・その死はおそらく病死だったが、病気自体、あるいは病気がそれほどまでに悪かったことを知らなかったこと(「わかってたら」は事故死などでは言わないはず)

・その人とはその日初めて直接会ったこと

・お通夜に向かう道中、(新幹線か何かの中で?)子供が騒いでいることをむしろ救いに感じていること

・歌集を持って訪ねたこと

・おそらくはその亡くなった方の家に長く滞在していたこと(泊った?)

ということが読み取れます(一部事実とは違っていますが)。

 

 これらの歌は、非常に個人的な体験を詠んでいる、というか、読み手の体験と共有可能な出来事を詠んではいない印象がありますけれど、例えば

 

「いてほしかった」言ってソファにしずむひとに私にできることいること

あなたの墓をあなたの涙は濡らすことができないのだから 雨が降っている

 

という二首だけを抜き出せば、斉藤斎藤のいうように、

 

三十一文字におさまりきらない経緯や場面が

削ぎ落されることになる。

削ぎ落されることで、

歌の前後の行間に余白が生まれ、

読者に感情移入の余地が生じる。

そうしてわたしの個人的な体験は、

読者にも共有可能な「体験」となる。

 

といえると思いました。

 しかし、この作品は、そういった「読み」を、歌の背景の説明を徹底的に行うことよって拒否しています。この作品に関しては、一般化され、共有されたくない、という強い意志、それ自体が胸にひびく作りになっていて、ここでこんな感傷的な言葉入れたくないけど、やっぱり読んでいて何度も泣いた。

 

 ここまで読んで、斉藤斎藤が「事実性」にこだわる理由が何となくわかったというか、

 

ほかでもないこの私が

誰にでもなれる「私」に

たやすく化けてしまう

 

のが、ほんとうは嫌なんじゃないかな、って。この体験は「自分の」もので、誰かと共有しうるものではない、と。

 しかし、これを読んでいて「事実性」、この人にとっての「事実」にこだわる理由はわかったけど、一方で「ふつう」の呪縛についてはよく分からず…。

 

 それに、これほどの説明文を書いてまで「事実」にこだわる作品をそのように受け止めたいと思う一方で、常に短歌をこんな読み方できないよ、とも思った。常に、この歌が詠われた時の状況や背景、作者の気持ち、具体的には「誰に」向けた気持ちなのかとか、一つの歌の空白を埋める前後の状況を知って、そして読むことなんて私にはできないと思いました。

 そして、そうじゃなかったら読まれたくない、って拒否することは作者であってもできないだろうとも思った。

 石川美南が書かなかった「誰の」棺であるかを、読者にたった一人の人を重ねさせることは作者であってもできないのではないか。「誰の」ものであるか知った今ですら、いや、今だからこそ、簡単にその時の状況を重ね合わせることが私にはできません。だって、知らないから。その時のことを知らないから。そもそも、その「誰の」を共有している、そこにいた全員、誰もが、石川美南と同じ気持ちとは限らないはずで、やっぱり他者の体験を分け合うことは究極的にはできない。それでも歌は読まれてしまうし、私はそこに罪悪感をおぼえることはしたくない。

 

 ところで、この「詞書」満載な歌集を読んで思ったのですけど、斉藤斎藤は笹井宏之の「あとがき」について、読まれたいことは作中で述べるべき、というようなことを言っていますが、歌集に載っている以上、「あとがき」も作品の一部であるとは考えないのだろうか。斉藤斎藤は詞書によって作品を説明するという手法を取っているわけですが、確かに詞書は歌の一部であってあとがきはそうではないかもしれないけど、「作品」単位で考えた場合、詞書は作品の一部であってあとがきはそうではないとする合理的な理由はあるだろうか?もうここまでくると、Twitterとか短歌誌とかにおける発言や作者のプロフィールなど、メタレベルで広がっている事実についても一首の背後において読まれるわけで、どこまでが作品なんでしょうね?

 

 その詞書に関して宇都宮敦は

 

モチーフだけじゃなくて「わたし」も短歌からはみ出していることが大事というか、社会に「わたし」が拡散していく感じがして。短歌がないと短歌からはみ出すことができないので、同じ分量の散文だけでは同じことはできない。

 

と言っています。うーん、はみ出してしまったら元が短歌だろうが何だろうが結果的にどうでもよくなってしまわない?とか思ってしまう一方、この座談会読んでて初めて気づいたんですけど、私がブログでやっているような、色々ごちゃごちゃと書いて最後に短歌を一つ二つ載せて、っていうやり方も、短歌の上に書いてあるこのブログの文章は全て詞書です、っていう読まれ方をされる可能性があるということですよね。

 そうかー。まあ仕方ないかー。どちらかというと感想がメインで、短歌を単独で世に出そうとは全く思っていなかったので、その点についてはあまり意識していなかったのですが、歌をメインにして考えると相当潔くない態度ですね。上に載せているのは全て他人の歌なわけですから。まあ、でも、これについては、今まで通り感想がメインであるというスタイルを貫かせていただきます(笑)。

 

 話は逸れましたが、『人の道、死ぬと町』は読んでてすごく色々考えさせられたので皆さまもぜひ(笑)。そんな結論かよって感じですけど…。

 そして、私は永田和宏河野裕子の『たとへば君』を歌集として読んでいなかったのですが(歌が引用されている回想録として読んでいた)、この『棺、「棺」』を読んで、あれは詞書がたくさん載っている歌集だったのかもしれない、と思いました。斉藤斎藤も、永田和宏も、本当に唯一無二の体験として語りたかったから、短歌を愛していても、誰もが自由に自分自身の体験や思いを重ねうる、余白の多い短歌からはみ出していったのかもしれない、とも感じました。ここにいる「わたし」と「あなた」は、他の誰でもなくて、斉藤斎藤と笹井宏之である、あるいは永田和宏河野裕子である、と言わざるを得なかったのかな、と。

 

 来週に続きます。

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