山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。
松村正直
逃げ動き続けた眼にはゆうやみの色がかなしいまでにやさしい
この人は『桜前線開架宣言』の解説で、東大卒業後フリーターをしながら各地を転々としていた、と紹介されていたので、そういう「流浪」の歌が記憶に残ります。「逃げ動き続けて」いて、でもゆうやみの色は「かなしいまでにやさしい」のか。やさしいんだな。誰にも追い詰められていないのに逃げなくてはならないやるせなさが感じられます。
忘れ物しても取りには戻らない言い残した言葉も言いに行かない
という歌を取り上げ、この人が傾倒したという石川啄木の短歌を挙げたのですが、今回山田航の解説には
「言い残した言葉も言いに行かない」という宣言は、逆に言い残した言葉があることを浮き彫りにするのです。こんな生活をすると決めたのは自分だったはずなのに、どうしても胸に空いた穴を埋めることが出来ない。淡々としているけれど、確かに深い悲しみを感じるのです。
とあり、この歌の背景に「言い残した言葉がある」というあたりまえの事実がすっと胸に染みるように感じました。言い残した言葉って何だったんだろうな。
温かな缶コーヒーも飲み終えてしまえば一度きりの関係
こういう、刹那的な関係の歌もあります。そりゃあ放浪してたら何との関係も刹那的にならざるを得ないですよね。それでも、言い残した(おそらくは)大切な言葉があった、という、何らかの関係性を築いた相手もいたんだろう。
だけど、多分、多くの人が「逃げ動き続ける」ことができない中、そうできることへの羨ましさもあります。本当はほとんど何も持っていないとしても、「一度きりの関係」にできる潔さ、全て捨ててもいいっていう覚悟を持っている人って少ないと思うもん。
今回3回目の登場ですが、時系列的にはこの『現代歌人ファイル』が一番早いので、一人の女性と出会って結婚して子供ができて、というあたりまではまだたどり着いていません。いつも、この人のこういう「流浪」の歌読んだ後は
「やさしい鮫」と「こわい鮫」とに区別して子の言うやさしい鮫とはイルカ
声だけでいいからパパも遊ぼうと背中にかるく触れて子が言う
みたいな歌読みたくなりますが、調べてみると歌集『やさしい鮫』も2006年だそうで…。そうなのか。今ではこの「やさしい鮫」の子も大人ですね。さっきググってみたら『やさしい鮫日記』というHPがあり、
人生の残り時間はいかほどか尿意で覚める冬の明け方
という歌に時の流れを感じました…。他にも色々歌が載っていて、それぞれ心惹かれました。
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