「一首鑑賞」の注意書きです。
233.誰のこともさして恋はずに作りたる恋歌に似て真夏のうがい
(石川美南)
砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで江戸雪が紹介していました。
ああー、分かる、って、読んだ時ちょっと笑ってしまいました。「誰のこともさして恋はず」ね。人生を考えれば、一生のうちで誰かにめちゃくちゃ恋してる時間の方が短いと思います。でも恋歌は作りたい、ということで「真夏のうがい」か。
これはどう似てるんでしょうね。口に含んで飲み込まずに吐きだすだけってこと?「真夏」のべたべたして水分が足りていない感じもポイントなのかな。汗かいていて水飲みたい気持ちもあるんだけど、口をゆすいだだけでなんとなくすっきりしてしまって飲み込まずに吐きだしておしまい、みたいな。自分を通過せずに出て来た恋歌というか…。でもそう考えると、ガチ恋中の恋歌は尿なのか…?
江戸雪は、「誰のこともさして恋はずに」という状態にとてもこだわって読んでます。
まあまあ好きなひとが何人かいる。または好いてくれるひとが何人かいる。
あるいは、いつでも姿を思い描いてしまうような惹かれるひとがいない。
(中略)
つまり、恋をそんなに必要としていない、でも淋しいから身をよせあうひともいて、たまには恋歌なども作る、というアンニュイな情熱。
なぜかそこにちょっと憬れ、共感してしまう。
ここまで深読みしてなかったので結構驚きました。逆に、みんないつもとっても好きな人が常にいるのか??そんなことなくない?恋人がいたり結婚していたりしても、常に「とても恋してる」のとは違くないかなぁ。むしろ恋をしていない状態の方が人間の平常状態に思えます。まあそれは置いておいて恋歌は作りたい、というのが正直で私はとても好きでした。
きみの言うタイプの女子が私とは遠すぎるほどまあいっかって (yuifall)
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