「一首鑑賞」の注意書きです。
116.要するに世界がこはい 夕立に気がついたなら僕に入れてよ
(黒瀬珂瀾)
砂子屋書房「一首鑑賞」で都築直子が紹介していた歌です。
最初ぱっと読んで気になったのですが、うまく解釈ができなかったのでしばらく保留にしていました。何度も読んで、未だに解釈は全然できていないのですがやっぱり気になったので色々考えてみます。都築直子はこう書いています。
舞台劇の台詞のような一行だ。場面はあるアパートの一室。年上の男にほしいままにされた主人公の少年が、アパートの部屋に帰ってくる。やがての外を見ると夕立が来ている。ああ、あの人が想われる。あの人に向かって心の中で、いやスポットライトの下、客席に向かって、少年は叫ぶのだ「要するに世界がこはい 夕立に気がついたなら僕に入れてよ」。
正直に言って、どんなシーンなのかはよく分かんないです(笑)。まあJUNEっぽい状況なのかなって気はします。多分、この「僕」と相手の男性(多分)には未来がなくて、「世界がこはい」「夕立」の全てが終末を暗示しているように感じます。
この先どうなったんだろうなーって考えてて、
① JUNE版→破滅的な愛なんだけどお互い愛し合ってはいて彼は夕立に気付いて来てくれるんだけど、やっぱり未来はなくて若くて美しいうちに二人で死ぬ(メリバエンド)
② BL版→破滅的な愛なんだけどお互い愛し合ってはいて彼は夕立に気付いて来てくれ、なんだかんだで長生きして美老人に(現代的エンド)
③ JUNE版番外編→この想いは届かなくてかつての美少年は老いさらばえ、これは死ぬ前の回想(タイタニックエンド)
個人的には③推しですね。自分でも理由は分からないけど、昔から、若くて美しい時に恋で死ぬ話が好きじゃなかった。
だけど、この「少年」は多分、もっと強かで、
④ この男とうまくいかなくても二十歳くらいになったらしれっと女と結婚して普通に生きてる
がもっと推しかもしれません。そんなしたたかさを感じたからこの歌が気になったのかもしれない。
鑑賞文に
「世界がこはい」という正調蒲魚風フレーズもさることながら、眼目は結句のフレーズだ。ぬけぬけと「僕に入れてよ」などといってみせる、作者の歌人魂を味わいたい。
とあり、これ読んですごくどきっとしたのですが、この「僕」は、古代ローマ時代とか戦国時代とかにリアルにいた「お稚児」的な存在なのか、それともBL的な「少年」なのか、つまりは現実の男性なのかファンタジーの存在なのかどっちなんでしょうね。
なんていうか、もしこれが女性の作品だったらここまで引っかからなかったと思う。BL本を読むのと同じ読み方で解釈できると思うので。でも作者は男性です。カマトトぶって男に「僕に入れてよ」と言い放つ少年は現実の「男」なのか、そうじゃないのか、って考えました。(*主人公=作者、って受け止めているわけではなく)
前も書いたのですが、もしかしたら男性も相手を奪ったり相手に対して優位に立つような恋愛よりも、「僕に入れてよ」って受け身な恋愛を求めているのかもしれず、だからこの「入れてよ」と言っている相手は必ずしも男性じゃないのかもしれないなって思ったりもします。「入れられる」ことを(好きか嫌いかはともかく)受け入れざるを得ない女性と男性の立場は違いますが、だからこそ、現実の男性も(何かを)「入れてよ」って切実に思う瞬間もあるのかなぁって想像したりもします。まあそもそも「僕」が男じゃない可能性もありますけどね。
ところで
黒瀬の朗読に接し、短歌の世界にはいまどきこんな文学青年が生き残っているのかと私はおどろき、そして頼もしく思った。絶滅危惧種よ、絶滅するな、という印象だ。
とありましたが、私は千種創一の短歌を読んだ時にそんな風に感じました。
口移しで夏を伝えた いっぱいな灰皿、置きっぱなしの和英
(千種創一)
なんて、ヤンキー漫画にすら喫煙シーンがないらしい現代においてレトロと言ってもいいほどのかっこよさだなぁと思いました。ま、現実の喫煙はマジで嫌いなんですが…。
Before the dawn
夜明け前、俺のハートを舐めながら穴があるから好きだって言う (yuifall)
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