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「一首鑑賞」-381

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

381.自転車を盗みし父のあとを追ふ かのかなしみは我に帰り来ず

 (大辻隆弘)

 

 砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで都築直子が紹介していました。

sunagoya.com

 この歌を読んで咄嗟に連想した小説がありました。SFマガジンの『BL×SF特集』に載っていた、サム・J・ミラーの「分離」という小説です。主人公(父親)は息子のTシャツを見知らぬ男が着ているところを見つけ、その男を殴りつけてTシャツを奪い息子に取り返してやるのですが、実はその男は息子の恋人で、息子が彼に贈ったTシャツだった、という話でした(これは、Tシャツを着ていたのが女性だったら同じストーリーにはなり得なかっただろうという点で面白いと思いました)。それと似たもの悲しさを感じたので思い出したのだと思います。

 父親が自転車を盗むところを目撃する悲しみと、恋人を襲撃した犯人が実の父親だった悲しみ。でもなぁ。あまり等価ともいえないか。後者は明らかな暴力を伴う反面、息子に対する愛情がそうさせたのだと受け止めることはできなくもないです。前者はなぁ。単なる窃盗だし。

 

 ところでこの歌は前半のインパクトが強すぎるのですが、下の句で「かのかなしみは我に帰り来ず」と言っていることから、これは過去に起きた出来事の回想のようです。過去に起きた衝撃的な出来事を思い返してみるけれども、今ではあの時感じたような生々しいかなしみは帰ってこないと。そうかもしれないなぁと思う。でも一方で、いつ思い出しても心臓が冷たくなるような記憶もあって、その違いは何なんでしょうね。

 

作者は第四歌集『デプス』で再び、〈ああ父はまどかに老いて盗みたる梅の若枝を挿し木してゐる〉(*「若枝」に「わくえ」のルビ)と、もの盗る父を描く。歌の素材として「盗む父」を一度ならず取り上げることは、作者の実人生上の父に対する愛情執着の深さを物語るだろう。娘による父恋の歌、息子による母恋の歌が多い中、大辻隆弘は息子による父恋の歌を書く人として、貴重な存在である。自転車を盗む父を詠んでから四半世紀後、作者は父の死を詠む「徒長枝」三十三首を発表している。

 

と鑑賞文にはあります。この「もの盗る父」は一体何なのだろう、と思いました。現実なのか。現実でなければ一体何なのか。寺山修司の「死んだ母」みたいなもんなのか。それはよく分からないのですが、自分だったら家族をこんな風に描写することは絶対にできないので、言葉の力に圧倒されました。本当に。

 

 

もう帰る家もないのにいつまでもここで待ってる5時のサイレン (yuifall)

 

 

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