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「一首鑑賞」-296

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

296.くちづけにいたらぬとほき恋ありて慈姑(くわゐ)を食めるときに思へる

 (大辻隆弘)

 

 砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで大松達知が紹介していました。

sunagoya.com

「くわい」とか「むかご」とか、あんまりメジャーじゃない食材が出てくるとちょっと気になってしまう。時々食べたくなります。

 この歌、「くちづけにいたらない」恋だったのに、「食べる」時に思い出す、というのが面白いなと思いました。何か思い出を共有しているのか、それとも単に何かの連想なのか。鑑賞文には

 

 人間の記憶を呼び覚ます感覚は嗅覚が一番強いという。食べ物の記憶も強いのかもしれない。

 ただ、この歌では、クワイを食べたときにその「恋」の相手がいたとは言っていない。相手の女性が、クワイのような食感だとか色形だとか思っているだけかもしれない。

 漠然と思っているだけのことがらでありながら、〈慈姑〉という具体によって現実とつながり、引き締まった歌になっている。

 

こんな風にありました。

 

 この歌読んで、俵万智

 

白和えを作ってあげる約束のこと思い出す別れたあとで (俵万智

 

をなぜか連想しました。多分これは

 

約束の果たされぬ故につながれる君との距離をいつくしみをり (辻敦子)

 

の類型なので「くちづけにいたらぬ~~」の歌とはニュアンスが異なるのですが、もし「くちづけにいたって」いたら、その恋の思い出は全然違うものになっていただろうなとも思いました。

 

 ただ、この「くちづけにいたらぬ恋」の解釈、最初は「ほのかな恋」くらいに考えていたのですが、もしかしたら「くちづけをすることなど考えられない相手へのとおい恋」という受け止め方もできるかなぁと思った。例えば、若かりし日の同性への恋とか。肉体的な接触とかじゃなく、ただ純粋に精神的に相手の一番でいたいっていう執着とか嫉妬とかでもその全部どうすることもできないのを分かってるプラトニックラブみたいなもの。

 

 

「初恋の人は?」秘密の質問の答えはすでにないあなたの名 (yuifall)

 

 

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