「一首鑑賞」の注意書きです。
104.春愁が人のかたちをしてわれに会ひに来てもう六人目なり
(田村元)
砂子屋書房「一首鑑賞」で石川美南が紹介していた歌です。
何らかのネガティブな気持ち(さびしさとか、やりきれなさとか)が「人のかたちをして会いに来る」というのは珍しい表現ではないと思われますが、「もう六人目」ともなると笑えます。最初は「さびしいよね」「ですよね」みたいな感じだったのが、「また来たのかよ」「お前もか」になってきてだんだん春愁が薄れてくるという(笑)。
鑑賞文には
春になると情緒が不安定になるという人は結構多い。「われ」の元にも、次々に浮かない顔の人々が訪れる(あるいは、どの人の顔にも「春愁」を見てしまうのは、「われ」もまた春の愁いに取りつかれてしまっているせいかもしれない)。
「春愁を絵に描いたような人」ではなく「人のかたちをした春愁」と逆転させているところに機知があり、愁いをテーマにしている歌なのに、ちょっとくすりとさせられる。また、「もう六人目なり」という収め方も何となくユーモラスだ。
とあります。
たくさんの人が春になるとちょっとセンチメンタルな気持ちになる、と捉えてもいいのかもしれませんが、六人もの人が用もなく「会いに来る」時点でもはやリア充そのものだし、春愁どころじゃないわ。みんなで花見にでも行って酒飲んで大騒ぎすればいいと思います(笑)。
それにしても、この記事はオミクロン株大流行中の2022年2月頃に書いたのですが、(職場の人以外で)六人もの人に会わないし、当然飲みにも行けないし、それこそ春愁そのものですわ。この記事アップする頃(いつか分かりませんが)にはどうなっているのかなー。
*2023年5月現在、コロナは5類になって日常生活が比較的戻ってきた感じですが、まだ飲み会とかはしてないなー。
風、たぶんメランコリーの正体は風のストロボスコープ、春の (yuifall)
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