「一首鑑賞」の注意書きです。
105.馬鹿げたる考へがぐんぐん大きくなりキャベツなどが大きくなりゆくに似る
(安立スハル)
砂子屋書房「一首鑑賞」で前田康子が紹介していた歌です。
キャベツ!身内に野菜育ててる人がいてよく野菜くれるのですが、キャベツは育ちすぎるとどんどん大きくなって破裂したりします。だから、この馬鹿げたる考えはある程度のところで摘み取っておかないと破裂するやつだな、って思いながらこの歌読みました。
解説には
最近、「口と口で話し疲れて日の暮れは大人しそうなキャベツを買えり」という歌をつくった。長い時間、人と意見をかわしたあと、とても疲れて夕飯の買い物に行ったときにキャベツを買った。それが小振りなキャベツで大人しそうに見えたのだ。トマトやブロッコリーとはちがって主張していない感じにほっとした気持ちを詠んでいる。
とあり、そういう見方もあるのかぁ、って思った。確かにスーパーのキャベツは丸くてころっとしておとなしそうです。この歌に出てくるのは野性のキャベツかと思われます。
ありえないようなことを頭で想像していて、それが止まらなくなりキャベツが育っていくようにむくむくと膨らんでいっているということか。キャベツの重みが人間の頭の感じを思わせるので、下句の表現が強引ではなく、おもしろさも出ている。
ともあり、そうだよなって思いました。頭のメタファーですよね、きっと。
それにしても作者は結核で療養生活だったらしいので、キャベツほど自由でもなかったのかもしれません。それとも、どこへも行けないのにただ大きくなってはじけていくキャベツに自分の姿を重ねたのだろうか。
馬鹿げたる考え、ってどんなことでしょうね?自殺みたいな、「馬鹿なこと考えないで!」って感じの深刻な内容なのか、それとも本当に馬鹿げたくだらないことなのか…。弾けてしまったのか、途中で摘み取ったのか、どちらなんだろうなって考えながら読みました。
雨のあとキャベツが破裂するように思考が身体を追い越していく (yuifall)