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現代歌人ファイル その73-澤村斉美 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

澤村斉美 

bokutachi.hatenadiary.jp

噴水のひらいてとぢる歌ありき二十五歳の君のWordに

 

 全体的にすごく大人っぽい歌が多いのですが、二十五歳か…。「君」が二十五歳なら「私」も同世代ですよね、多分。大学院時代の歌なのかな。

 この人は『桜前線開架宣言』を先に読んでしまったので、博士課程中退で研究の道を諦めて就職し、新聞校正の仕事をしているらしい、という先入観で読んでしまっているのですが、この記事は10年前のもので、まだ「夢を諦める」くらいのあたりの歌です。京都大学大学院文学研究科美学美術史学専攻博士課程中退、とあるので、二十五歳だとまだ博士課程在学中なのかな、と。

 この歌に登場する「君」も歌人なんだろうか。それともここで詠われている「歌」っていうのは曲ありの歌の歌詞のことでしょうか。勝手に短歌なのかなって思ってた。もしくはこの「君」は自分自身のことなのかもしれないとも思いました。二十五歳の時に作成したファイルを開いてみるとそこには「噴水のひらいてとぢる歌」があって、という。

 

 それにしても『桜前線開架宣言』で知った時から好きだったのですが、やっぱり好きです。どの歌読んでも好きだなって思うので、今度歌集買ってみようかなぁ。言葉がかっちりとしていて意味が取りやすく、あとあんまり浮足立っていないところがとても読みやすいです。

 

ミントガム切符のやうに渡されて手の暗がりに握るぎんいろ

 

 全体的に静謐な印象です。角川短歌賞を受賞した時の連作タイトル「黙秘の庭」という言葉からそういうイメージを受けているだけかもしれませんが、この歌も、「ミントガム」は「切符のよう」なんだけど、どこかへ行く鍵って感じじゃなくて、ただそこにあるって感じがします。「はい」って渡されて、「うん」って。でもそれは何も約束してくれない。みたいな。

 それにしても「切符のよう」という比喩、どんどん通じなくなっていくのかなぁ。今みんなICカードですもんね。

 

決別といふほどのことわれはせずひとりで閉ぢゆく扉を思ふ

 

 紹介されている歌を読むと、「十六の弟」がいて、自分は悠長に研究なんてしてる場合じゃなくなって、「決別」というほどのことはしないけど

 

減りやすき体力とお金のまづお金身体検査のごとく記録す

 

という状況下にあって大学院をやめた、ということなのではないかなと。

 こういう、一つの世界観を構築できる連作ってすごいなといつも思います。まあ、自分にとっての事実を詠っていれば自然とそうなるものなのかもしれませんが、私にはできないから。解説には

 

「黙秘の庭」で描かれているのは、大学院での研究をあきらめ、しかし職は見つからず宙ぶらりん状態のまま過ごす日々の日常である。文学のテーマとしてはかなり淡くつかみ所のないものがある。

「初めて「黙秘の庭」を読んだときは、底力は感じるものの地味な作風の人という印象だった。(中略)しかし澤村の堅実な才能は着実に伸びていき、作品を発表するごとに成長を重ね、「夏鴉」はその結実ともいえるすばらしい歌集に仕上がっていた。

 

とありますが、私からしてみると「大学院での研究をあきらめ、しかし職は見つからず宙ぶらりん状態のまま過ごす日々の日常」っていう「淡くつかみ所のない」日常を作品にできる力ってすごすぎると思います。一つの世界観を構築するのすごい苦手なので…。自分の中に世界がない。この人のように、ぱっと見派手でも幻想的でもないんだけど確固たる世界があって、読むごとに惹きつけられる作品を生み出せる力ってすごいと思います。本当に、「実力」って感じです。

 

 

イカカオチョコの如きか故郷は破るるほどの夢はなけれど (yuifall)