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現代短歌最前線-荻原裕幸 感想4

北溟社 「現代短歌最前線 上・下」 感想の注意書きです。

 

yuifall.hatenablog.com

荻原裕幸

 

画用紙が足りなくなつてテーブルにはみだしてゐるきみと向日葵

 

 この歌好きです。恋人なのかなー、それとも子供なのかな。無邪気で楽しそうな感じ!しょうがないな、って笑って見てるような雰囲気です。

 

生涯の女とはまだ決めてゐない膝つ小僧のうらのさざなみ

 

 一転、これはセックスしながら「この人との未来ってあんのかなー」って思ってる感じだよね。同年代の男性の歌で、

 

たれの子も産める体のかなしさに蛍光に照る葡萄をほぐす (加藤治郎)

 

水族館(アカリウム)にタカアシガニを見てゐしはいつか誰かの子を生む器 (坂井修一)

 

ってあるので、うーん、これは、セックス=結婚じゃなくなった時代の歌なのかなぁ?ちょっとよく分かんないですね。でも同世代の歌人が同じテーマで歌ってるってことはやっぱり時代的な何かがあるような気がする。

 逆に今の時代だとこんな歌はあまり歌われないんじゃないかなぁ。この本の巻末の解説で加藤治郎の上記の歌について、

 

幻想を取っ払えば女性・女・女体なんてみんな同じ。加藤が歌う如くに。(中略) 性愛にしたって同じこと。恋人・妻・娼婦・少女と様々に女体はあれど。

 

と書かれていますが、じゃあ男性はどうなんだ、って話になっちゃうし。逆に、それまでの時代には「幻想」が存在したからこそ、「幻想を取っ払えば」って発想が出て来るのかもしれないなぁ。そしてここで唯一挙がっていない「母」だけは、「性愛」という観点において、まだ神聖にして侵すべからざる幻想の存在だったんだろうなって気がします。「母性神話」が示す通り。だからこの頃は浜田康敬の

 

元旦に母が犯されたる証し義姉は十月十日の生れ

 

っていう歌の悪意あるインパクトが強烈だったのかな。『桜前線開架宣言』で紹介した木下龍也の

 

そういえばいろいろ捨ててあきらめて私を生んでくれてありがとう

 

のさりげないインパクトに私は打ち震えましたけど(笑)。身も蓋もねえ!

 逆に言うと男性は「父」を含めて属性が劇的に変化しないから、「幻想」の対象にはなりづらいのかもなー。

 でも、この(荻原裕幸の)歌、ある意味誰かを「生涯の女」と決める意図はあるってことなので、誠実と言えなくもないですね(笑)。

 

きみとゐてこころをすべて緩ませた表情をしてゐるかもしれず

 

 そんな中、不意にこういう素直な愛情を示されるとうっかりときめきます(笑)。この後「妻」が出て来る歌が増えるので、こころを緩ませることのできる「生涯の女」に出会ったのかもしれません。そう思うとなー、やっぱりどうも憎めないよね(笑)。むしろ萌える(笑)。

 

 

雨飛沫く隘路深くを駆け抜けて離陸してゆくひざのうちがわ (yuifall)

ほんとうはあなたのこどもじゃないんですのよおんなってすてきですわね (yuifall)