「一首鑑賞」の注意書きです。
385.気が付いた時には世界の中にゐて海見むと海に来るのことのあり
(香川ヒサ)
砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで石川美南が紹介していました。
こういう読み方間違っているかもしれませんが、なんか許されたような気になりました。というのも自分は普段生活していてあんまりものを見ていないなと感じることが多く、街並みや景色を思い出せないし、あらゆる記憶がぼんやりしています。でも要所要所で思い浮かぶ光景があって、そんな風に「気が付いた時には世界の中にゐて」って思ってもいいのか、ってこの歌読んで思いました。
とはいえ、鑑賞文を読むとこの歌は旅行詠のようです。イギリス旅行に際して詠まれた歌なのだとか。しかしながらこの歌からはどこの海なのかは判然とせず、歌集全体を読んでもよく分からないようです。
うーん。どこの海でもよい、と考えていいのだろうか。この「世界」という言葉から、近所の海ではないことを読みとるべきだっただろうか。でも近所の海も「世界」の中にあるよなぁ。
鑑賞文の最後がとてもよかったです。
冒頭に挙げた一首は、『The Blue』を象徴するような歌。一首だけ取り出した場合、いつどこで詠まれたのか、さっぱりわからないのだが、世界の中にぽーんと投げ込まれたような感覚が、抽象化された海の青さとよく合っていて、妙に得心がいく。
歌集最後の2首も引いておく。
教会の影は芝生を移りつつこの公園から出ることはない
往く人の影は芝生を移りつつこの世界から出ることはない
教会の影は公園を出ることはなく、往く人の影はこの世界から出ることはないと。当たり前のことを言っているのですがぞくっとしますね。教会や往く人そのものではなく、影に注目しているのも面白いです。
でも公園が消滅したり、この世界が消滅したりすることはあるよなあ、とも思いました。まあその前に教会なり往く人なりの方が先に消滅するのか?
僕は僕の世界全部を差し出してそんなんゴミにもならんゆうやみ (yuifall)
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