「一首鑑賞」の注意書きです。
321.そしてまた歳月が過ぎここはもう廃墟ですらないかすかな起伏
(小林幸子)
砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで大松達知が紹介していました。
最初は何を詠った歌なのか分からずにリンクをクリックしました。鑑賞文にはこうあります。
これは海外詠である。
(中略)
これは、アウシュビッツ第二収容所ビルケナウのあたりのことだと推測される。
だが、そういう知識は横に置いても、どこかかつては廃墟と呼ばれた場所がさらに時間を経て「廃墟ですらない」状態になるまでの長い長い時間を感じられればいい。
そして最後には、歌集に収められた他の歌も引用されています。
・ガス室の天井に穴 チクロンBの缶をはめたる穴あいてをり
・ひつつだに眼(まなこ)はここに残されず眼鏡とめがねにぶく照り合ふ
という、オシエンチム(アウシュビッツ)収容所を詠んだものや、
・ビルケナウはもつとかなしい 夏草に線路と廃墟のこるばかりの
という歌を先に読んで欲しい。そういう具体の積み重ねのあとに置かれた標題歌だからこそ、場所と時間の広がりに茫然とすることができるのだ。
恥ずかしながら初めて知ったのですが、ビルケナウ収容所はドイツ敗戦の際に証拠隠滅のために焼かれ、ほとんどの施設が残っていないそうです。以下はポーランドの観光案内のサイトからの引用です。
現在公開されている施設
第1収容所の跡地には、収容棟と「Arbeit macht frei(働けば自由になる)」の文字を掲げた門が残されています。「アウシュヴィッツ=ビルケナウ国立博物館(Państwowe Muzeum Auschwitz – Birkenau)」として公開されている一部の収容棟内には、大量虐殺(ジェノサイト)という犯罪のおぞましい証拠が保存・展示されており、見学者はナチスが犠牲者たちから没収した私物(身分証明書、写真、旅行鞄、眼鏡、杖、靴、宝飾品など)、義手・義足、髪の毛の山などを目の当たりにすることになります。
第2収容所ビルケナウの広大な敷地には、今日ではわずかな数のバラックと焼却炉の瓦礫が残されているにすぎません。1967年に除幕された犠牲者の追悼のための国際受難記念碑(Międzynarodowy Pomnik Męczeństwa)が目を引きます。
廃墟ですらないかすかな起伏、の文字が胸を打ちます。
歌の背景を知らなくても、「どこかかつては廃墟と呼ばれた場所がさらに時間を経て「廃墟ですらない」状態になるまでの長い長い時間を感じられればいい」という読み方はできます。でも背景を知ればもっと胸に迫るものがあるし、更にはその歌が詠んでいる対象についての知識の有無でも感じ方は変わってしまいます。
鑑賞文の冒頭にこう書かれていました。
海外詠はうまくいかないことが多い。これだけ海外旅行が盛んになっても、まだまだ共通理解が可能な歌枕的な場所はないし、世界は多様すぎて読者個々の推測の域をこえるのかもしれない。
観光短歌は価値がないし、かといって、独自の視点を示すには共通基盤がなさすぎる。
短歌という短い形式の中で詠まれている内容やそこにある感情を共有し理解するためには、同じ文化的背景、「共通基盤」がある必要があるんだとは思います。この歌も、一首(三十一文字)だけでは全ては伝わらない、と思う。しかし、詠むべき歌はある、と大松達知は書いています。私もそう思いますが、ここまでの完成度で詠むのは本当に、普通ではできないなぁとも感じました。
アリがアリをなぶり殺しにする様をアリの観察キットで見てた (yuifall)