2025年4月2-8日
・つづ井『裸一貫!つづ井さん』1-5巻
・デイヴィッド・ベイカー(染田屋茂訳)『SEX20億年史 生殖と快楽の追求、そして未来へ』
・羽田圭介『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』
・阿津川辰海『紅蓮館の殺人』
以下コメント・ネタバレあり
有栖川有栖がミステリ小説の解説をしてくれる本です。本来、こういった読書家が好きな本を紹介してくれる本大好きなのですが、今精神的に余裕がなさすぎてこういう本楽しめなくてしんどいです。ここで紹介されてる本読んでみたい!っていう気になれないんだよなぁ。。どうせ忙しいし無理…となってしまって、未来ではなく今ここにある刹那的なものしか楽しめない…。
でも永遠に忙しいわけじゃないと思うので、またいつかパラ読みして読みたい本探すつもりです。
お嬢様女学園の変人が集う読書クラブの話ですが、これは面白かったです。前に海外ドラマ『Lの世界』(LAのセクシャルマイノリティ世界、特にセレブなレズビアンコミュニティを描いたドラマ)見てた時、超イケメンのモテキャラ(もちろん女)が出てきて、めっちゃ遊んでて悪い女なのですがすごいかっこよくて、女の理想の男って結局女だよな、と思ったのを思い出しました。宝塚の男役ですよ。この小説に出てくる「青年」たちは皆一人称「ぼく」で全寮制男子校BLみたいな喋り方をするのですが(一部「乙女」な人たちは一人称「わたし」です)、結局女の理想の男って女が描くBLの攻だよなーと。全体的にBL臭なんですよ…。あんま百合臭はしない。だから私は読みやすかったです。特に最初のエピソード、作られた理想の攻め様が本物の男と恋愛して妊娠して退学して去ってしまうの身も蓋もなくてとても好きでした。しかし意に沿わないこんな役目させられて学園を去る時は全員に「しね」とまで言われて首謀者を憎まなかったのかなぁと思ったのですが最後のエピソードで2人仲良かったのでそんなもんかと思いました。
それにしても、宝塚の男役の人も現役時代は恋愛禁止なのだろうか?妊娠して降板したら「しね」とか言われちゃうの?三次元の人に入れ込みすぎんのよくないよなぁ。やっぱ「つづ井さん」の友人が言うように、彼らは2.8次元の人であり自分とは次元が違うのだということを理解しないと境界線踏み越えるよなと。
・つづ井『裸一貫!つづ井さん』1-5巻
前作に引き続き。でもつづ井さんが夢女子になってしまったので共感度はかなり下がりました。夢分かんないんだよなぁ。2.8次元の推しもいないし(多分今後もできない)。でも、主に友人たちとの集まりが楽しいので読んで笑ってます。最後地元に戻り、そして上京を決意したわけですが、今どうなさっているんでしょうね。と思ってちょっと調べてみたら上京篇出てるやん。いつか買おう。
・デイヴィッド・ベイカー(染田屋茂訳)『SEX20億年史 生殖と快楽の追求、そして未来へ』
タイトルはアレですが、真面目な本です。宇宙の成り立ち~有機物の出現からはじまり、多細胞生物の出現と彼らの有性生殖…のあたりから表現が「有性生殖」ではなく「セックス」になるので、それちょっとニュアンス違くない?と思うのですがまあ取っ掛かりという意味では面白いです。ミミズとか魚とか、両性具有だったり性転換したりする生物を経由しつつ、サル類(ゴリラ、チンパンジー、オランウータン、ボノボ等)の生殖を含めたコミュニティについて詳しく語られます。同じサル類でも種類によってこれほど違うんだー、とちょっと驚きました(一夫一婦制だったり一夫多妻制だったり様々)。その後猿人類を経てホモ・サピエンスの生態についてはサルよりもさらに詳細に論じられます。
産業革命を機に、生活水準が激変することによって性生活(というよりもそれにまつわる意識や習慣)が激変し、今では歴史上類を見ない状況になっているという記述が面白かったです。まあそうだろうなと感覚的には思っていたのですが、実際言語化されたものを読むと納得度合いが違うというか。生殖に関係のない性生活やフェティシズムも太古の本能と無関係ではない(むしろ関連が強い)ものであり、これらは産業革命前までは慣習や厳しい生活によって抑圧されていたのが、今むしろネイティブさを取り戻しつつあるという考察が興味深いと思いました。同性愛やSMなどのいわゆる「生産性のない」特殊性志向みたいなものは、(自分や家族、子供たちが)生きるか死ぬかの状況では無視されていたあるいは抑圧されていたのが、今はそうでないと。そしてそれこそが人間のネイティブな本能の発露なのだと。
それ思うと、少子化ってどうなんだろうなと思う。それもネイティブな本能の発露なのだろうか。この本でも指摘されていますが、おそらくは女性の人権が拡大するとともに少子化にはなるんだと思うんですよね。それって本能なのか、新たな社会的慣習による抑圧に過ぎないのか。今後どうなっていくのかという未来予測も数パターン書いてありますが、少子化はある意味食糧問題とトレードオフで、あと超長期的な視野において、移民を拒絶し各地の文化を少人数で保持すること(そんなことが可能であればですが)とグローバルに人が入り乱れて各地の文化が破壊されることはどちらがいいのか分かんないですよね。あらゆる文明は終わるし、いつかは日本もなくなるのかなぁと思った。
・羽田圭介『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』
うーん。。私小説なのかなという感じが最初から最後まで付き纏い、内輪ネタ見せられてる感でした。もちろん、ゾンビが出現しているという外的状況と「その界隈で死してなおそこにある」という比喩的状況が錯綜しているのは分かるのですが、作家の内面や出版業界の実情を延々描写されてもなぁっていう。また、群像劇に見える反面登場人物の属性はとても偏っており、(売れっ子作家、高給編集者以外の)社会的強者や子持ちや一定以上の年齢の人、あるいはド底辺の人は主要キャラクターとしては登場しません。文壇を中心とする中間層の独身あるいはDINKSの若者が理想やオリジナリティ、言葉という概念をゾンビを前にしてこねくり回しているのが手を変え品を変え何度も描かれるだけというか。なので読み進めても読み進めても何も進んでない感じがする。世界狭すぎん?そもそもこういう、「思考停止」=「ゾンビ」みたいな偉そうな言論嫌いなんだよな。他人が思考停止していると一体どうして決めつけられるのか分からない。自分以外の誰の内面が分かるというのだろう。あと「自分の頭で考える」信仰も好きじゃない。インプットなしにアウトプットはあり得ないし、自分ひとりの頭から出てくるものなんて所詮限界があると思います。他人の意見にも柔軟になるべきでは?こんな「空気を読むとゾンビになる」世界なら、生き残るのは「自分の頭で考える」というよりも頑固で自分勝手な人間ばかりになるのでは?あとやだったのは高校生をディスりの対象に入れてたことだよね。高校生、というか未成年が「空気を読む」「自分の頭で考えない」「ハイコンテクストな内輪ネタを楽しむ」のって、当たり前では?精神的にも肉体的にも未熟だから法的に完全な自己決定権がなく保護される対象なのが未成年でしょ?子どもじゃないですか。そしたら、月齢~年齢によってほぼ似通った行動をし自己主張はするけど自分で何かする能力がない、乳幼児や定型発達の小児はどうなっちゃうわけ?序盤で自分の欲望への意思はあるけど自力でそれを遂行できない(ように見える)生活保護者が次々ゾンビ化していきましたが、その理屈を未成年にも当てはめたら子どもはほぼ全員ゾンビじゃねえか。
序盤はわくわく感があって楽しかったけど、作家の内面の葛藤や出版業界の愚痴始まってからずっとつまんなかった。最後らへんの文体研究所やアウンドームがどうとかいうのもスベってるとしか思えなかったし、陰キャの恨み節読まされてるみたいでうんざりした。羽田圭介ってこんな作家だった?
・阿津川辰海『紅蓮館の殺人』
青崎有吾的な感じでした。パズルとして面白いミステリなんだけどキャラがラノベ調という…。こういうの流行ってんの?探偵―助手の組み合わせで男同士バディ、女同士バディの2組が登場するのですが、女同士バディがべたべたの百合のせいで男同士バディの会話もこれって狙ってる…?と疑心暗鬼になりおさまりが悪い。あと俺女が出てくるのもラノベっぽい。クローズドサークルに集まったいわくありげな人たちの隠された人間関係や目的が明らかになり…という古典的な舞台仕立てで掴みはよかったのですが、内容がごちゃっとしてるし探偵とは…みたいな精神論がウザかったです。でもまあ、軽く読めるので娯楽として楽しめて悪くないと思います。