2025年4月23-29日
・アンソロジー『7人の名探偵』
・吉田美野『唇の温度』
・フレデリック・フォーサイス(篠原慎訳)『ジャッカルの日』上下
・塩田武士『盤上に散る』
・塩田武士『氷の仮面』
以下コメント・ネタバレあり
・アンソロジー『7人の名探偵』
新本格第一世代の大御所作家たちによるアンソロジーです。やっぱ有栖川有栖が好きだな。火村シリーズの短編だったのですが、冒頭から火村とアリスの会話がめちゃよい。内容はクローズドサークル、少人数の犯人候補、現場の状況からの絞り込みという王道で、最後のオチも含めてこれぞ有栖川作品という感じで楽しかったです。あと再度、これ完コピした青崎有吾すごいなと思ったよ…。他は我孫子武丸、歌野晶午も好きかな。綾辻行人は、作品がというか人間関係が面白かったです。
・吉田美野『唇の温度』
これはBL小説なんだと思うんですが、中途半端に現実のLGBTQを入れ込もうとしているので違和感がすごい。BL界でしばしば生じることは現実寄りに考えるとナシでしょ…となることが多いので、そこのボーダーライン的なあたりで書かれるとどっち寄りに物事を受け止めてよいのか分かりません。合意なしのキスはBLだとあるあるだけど現実だと性犯罪だし、子どもいらない育てたくないのくだりはあれほど詳細に書かれると逆に所帯じみてBL路線から遠ざかり現実の少子化問題などが頭をちらついて楽しめないし、それぞれ女性と過去があったり親が死んだりするくだりもエンタメ消費するには重すぎるし、最後も結局なんなん…となった。
そもそもノンケ2人がいきなり恋に落ちてスムーズにいくなんてファンタジーなんですから、そこ現実寄りに書かれると、どうせこいつら50近くなって後がなくなってからやっぱ子供欲しい、若い女と結婚したいとかなるんじゃねーの?という白けた気持ちになっちゃうんよ。作者の筆力は高いと思うし現代ベースで書いてくれるのはありがたいのですが、BLは男性同士の恋愛を女が消費するエンタメなのだから、現実のLGBTQとは全く異なるファンタジーであるという大前提であまり現実社会の問題に近接しすぎない方がよろしいのではと思いました。逆にLGBTQものとして描くならファンタジーテイストは完全に封じないと失礼にあたると思うし。
元ネタ知らない無教養で申し訳ないが面白かったです。特に「アオズキン」「キッカの契り」「キビツの釜」が好きかな。「アオズキン」は教授のキャラが好きだし、「キッカ」はヤマもオチも読めるベタなんですがベタの良さは不変!って感じですし、「キビツ」は義理の父親がヤクザすぎて逆に楽しかった。あとタイトルが笑える。オール電化?スマート家電?
・フレデリック・フォーサイス(篠原慎訳)『ジャッカルの日』上下
めちゃめちゃ有名ですが初読でした。最初のまえがきに、作者が日本の読者に向けたメッセージを書いてくれててそれだけで好感度上がってしまう。これ各国の分書いたんですかね。大変ですね。いずれにせよ、“ド・ゴール暗殺”をテーマにし、ド・ゴールは暗殺されていないことを世界中が知っている状況でなお面白い!というのはすごすぎます。タイトルも「ジャッカルの日」だし基本的に暗殺者ジャッカルと彼を雇った右翼テロリスト陣営の目線で進行する一方で、守られる対象のド・ゴールの内面等は全く描写されません。でも、結末が分かっているのと暗殺者・右翼テロリスト側にそれほど共感度が高まらないので、どちらの陣営にもわりとフラットな目線で読めるようになってます。ジャッカルの暗殺に関する高い知性や周到な準備、関わった人たちをいとも簡単に殺してしまう漫画的エンタメ描写にわくわくするし(ここは人命が…みたいに深刻に読むのではなく、エンタメのお約束的“暗殺者”として読んだ方が面白いと思う)、反面こんな暗殺者を政府はどうやって追い詰めるのだろう、どのタイミングで暗殺を阻止するのだろう?とこちらもわくわくします。
気になったのはスパイの女の子がどうなっちゃったのかかなぁ。上に右翼テロリスト側にそれほど共感しないと書きましたが、一応それぞれのキャラクターがなぜド・ゴール暗殺にこれほど拘るのかという心理的描写はしっかりされています。とはいえほとんどの男たちの内面が「ナイジェリアはフランスのものである」「いや植民地主義は終わった、民族自決を認めるべき」という政治的対立が主であるのに対し、彼女だけは「愛する弟と恋人を戦争に送り込み殺した現政権が許せない」という個人的な動機で、一番感情的に共感しやすいというか、かわいそうだなと思いました。多分殺されちゃったんでしょうね。
映画化もされてるそうなのですが、現代の科学技術を使ったバージョンのリメイク見てみたい!と思いました。
・塩田武士『盤上に散る』
『盤上のアルファ』の続編で、真剣師・林の話です。『アルファ』の方でちょっとだけ出てきたエピソードが肉付けされてます。しょうもないチンピラが登場するので闇金ウシジマくん展開だったらしんどいなぁと思いましたがそんなことなくて面白かったです。変な関西人の描写うまいよなぁと。主人公の一人、明日香はわりと常識人で感情移入しやすいキャラとして描かれるのですが、唐突に「誰や、このおっさん」と呟いたり酒飲んで暴れたりするんでその辺のバランスも笑えます。
そういえば静が秋葉と真田のどちらを選ぶのかはもう100%決着ついてましたが、別にどんでん返しも何もなく『アルファ』の結末のままですよ。だから作中に描かれてたやん。
・塩田武士『氷の仮面』
トランスジェンダーの話です。主人公は70年代あたりに生まれたのかなぁという感じの時代背景で、ゲイやトランスジェンダーが「ホモ」「オカマ」と蔑まれていた時代を10代として過ごし、ずっと“女になりたい”と願いながら生き、30代になって「性同一性障害」が疾患として認められ、身体も戸籍も変えられるようになって改めて“では女性としてどう生きていくのか”を模索するという話です。まあたくさんの苦労はあるのですが、主人公は顔もかわいく華奢なので男の子時代から女っぽく、性転換後も女としてわりと生きやすく、初恋もある意味報われるという多分トランスジェンダーの中ではイージーモードな方なのかなと思わざるを得ない。トランスジェンダーを取り上げた小説の中にはその当事者が全然かわいくない普通の男子だったりするものも最近はあり、そういう方がリアルな現実なんだろうなーとは思います。
しかし、だからこの本がつまらないということではないです。むしろイージーめに描写されるので読みやすいし、初恋の男の子とのエピソードはかなり胸がきゅんとします。BL小説だったら結ばれるんでしょうが、まあそこはそういうわけにはいかないですけどね…。