「一首鑑賞」の注意書きです。
308.銀紙ごとチョコレート割るそのときに引き攣るやうな痛みを持てり
(梶原さい子)
砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで大松達知が紹介していました。
分かるような分からないような感覚です。とっさに「分かる」と思ったのは、多分、チョコレートごと銀紙を噛んでしまったような感触を髣髴とさせたからだと思います。ぎりっと走る「痛み」みたいなもの。黒板引っ掻く音に似た「引き攣るような」不快感です。
でも、「割るとき」かぁ、って考えると、私が感じた「痛み」とここで詠われている「痛み」は違うものなのかもしれないとも思いました。
鑑賞文ではこの「痛み」について掘り下げた後、同じ歌集内の別の歌も引用しています。
大病されたあとには、「術後一年」と詞書きがあり、
・冬の日の心ぼそさに引き攣れる傷 ひらかないひらけないからだ
という歌がある。掲出歌と合わせると、なにか深まる感じがある。
つまり、この「銀紙」は身体のようなもので、「チョコレート」は内臓、あるいは精神のようなものだろうか。
チョコレートを割る、という光景はなぜか冬のものに思えます。冬の寒い日に、例えばコーヒーを淹れてチョコレートを食べようと思う。でもそういう時って板チョコじゃない気がする。どんな状況なのかよく分かりません。まさかバレンタインで手作りチョコ作ろうってわけじゃないはずだし。もしかしたらあまりたくさん食べ物が食べられなくて、手軽にカロリーを摂る目的でチョコレートを食べるとか、そういう切羽詰まった状況なのかもしれないとも思いました。チョコレートという言葉でイメージされる幸福さが、「引き攣るような痛み」で覆されることでぐっと胸に迫るし、主人公の置かれた状況について色々と考えさせられます。
甘くないチョコレイト噛む甘くないハッピーなんてありふれてるわ (yuifall)
*capsule『プラスチックガール』