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「一首鑑賞」-246

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

246.こりもせず光のほうへ手を伸ばす私のような蔓 クレマチス

 (槌谷淳子)

 

 砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで魚村晋太郎が紹介していました。

sunagoya.com

 花に全く詳しくないのですが、「クレマチス」に心惹かれました。画像検索してみると、可憐にも毒々しくも見える植物でした。英国では「蔓科植物の女王」とされているのだとか。

 光の方へ伸びていく、というとどうしても「ひまわり」をイメージしますが、「私のようなひまわり」だと全然雰囲気が変わってしまいます。というか、もし自分をひまわりみたいだと思っていたら(逆説的ですが)そんな短歌は作るまいよ。「蔓」というところにどこか頼りなさ、おずおずと手を伸ばす様子がうかがわれ、でも最後の「クレマチス」にぴしっと背筋を伸ばすプライドみたいなものを感じました。何といっても「女王」ですから。

 「こりもせず」だから、一度は恋や夢に破れたのだと思う。それでも「光のほうへ手を伸ばす」。そうすんなりと詠む思いがとても愛おしく感じられます。こういう、シンプルなんだけどぐっとくる言葉遣いが羨ましいんだよなー。私だったら絶対「蔓 クレマチス」なんて言葉出てこないもん。

 

 ちなみに日本語では「テッセン」で、夏の季語だそうです。そういえば『短歌パラダイス』で

 

鉄線が咲き洗濯機まわる道横抱きにしてアザラシ買い来ぬ (梅内美華子)

 

という歌について(「あざらし」の題詠だった)、題は含まれていないけれど

 

鉄線が咲き洗濯機まわる道

 

という俳句だったらとてもよかった、と評されていたのを思い出しました。

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 単に5音として「クレマチス」を入れて歌を詠むことは不可能ではないのですが、自分とクレマチスの間に何もないので言葉が上滑りするだろうなーと…。花をモチーフに歌を詠むのって難しいですね。ちなみに花言葉は「精神の美」「旅人の喜び」「策略」だそうですが、プロの歌人俳人は短歌や俳句を詠むうえで花言葉って意識するものなのだろうか?

 

 

太陽に向かって飛んでいくことをやめられなくて終末時計 (yuifall)