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「一首鑑賞」-245

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

245.時の骨むさぼるごとく生き来しと告げなば溶けむ夜天の月も

 (安永蕗子

 

 砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで魚村晋太郎が紹介していました。

sunagoya.com

 正直言って意味はよく分からなかったのですが、かっこいいですよね。安永蕗子という歌人のことを全く知らなかったのでちょっとググってみたのですが、大正9年生まれの方で、第二次世界大戦の空襲や終戦後の結核を経験しながら歌人として生き抜いてきた人のようです。「時の骨むさぼるごとく」は、私には絶対にできない表現だなぁと思います。

 

 現代を生きていて、「生きづらさ」っていう言葉があって、ある意味誰もがある種の「生きづらさ」を抱えているんだろうとは思うのですが、ほんの100年前の「生きづらさ」はレベルが違うよなっていつも思います。生きるか死ぬかだもん。しかもそういう生きるか死ぬかの状況だと、自らのアイデンティティよりも生物として(あるいは国民として)型に嵌ることの方が重要視されますよね。とにかく生きて、働いて、産み育てて死ぬみたいな。

 

 祖父母の昔話って、子供の頃は意味も分からず聞き流していたのですが、もっとちゃんと聞いておけばよかったと思う。唯一母方の祖母とだけは、私の成人後に一時期一緒にいる機会があったので色々と昔の話を聞いたのですが、何て言うか自分が「忙しい」「しんどい」って感じることすら申し訳なくなるような生活ぶりでした。もちろん当時の大変さと今の大変さは質が違うので比較は難しいのですが、自分自身あまり記憶がないほど忙しくてしんどかった頃はあったけど、それを「時の骨むさぼるごとく」と表現しうるか、と言われたら、やっぱり疑問に思います。

 

 それを告げ、聞いた夜天の月が溶ける、というのはどういうことだろうか。私にはうまく解釈ができなかったのですが、鑑賞文にはこうありました。

 

自身の生をふりかえると、けざやかな月のひかりが曇ってしまうような気がする。

或いは、誰か特定な相手を想いながら、こんな私の生き様をあなたはどんなふうに思うだろうか、と問いかけるのか。

 

 ああ、そういう捉え方があるなぁと。自分の生き様を誰かに打ち明けたいけれど、それを聞けばきっとあなたは「溶けて」しまうでしょうね、という感じだろうか。

 

 

孤独になるために進化はあるのだろう月は凍ったままそこにいる (yuifall)