「短歌と俳句の五十番勝負」 感想の注意書きです。
やわらかいひかりに頬を照らされて ポカリスエットだけの自販機 (穂村弘)
この歌を読んで、なんで「ポカリ」を選んだんだろう、と思いました。単に字数がいいからとか、みんなが知っているからとかそういう理由なのかもしれないけれど、どうしても野口あや子の
熱帯びたあかるい箱に閉ざされてどこへも行けないポカリの「みほん」
を連想させられるからです。この歌を穂村弘が知らないはずはないし。
「ポカリスエットだけの自販機」の歌は、エッセイを読むと、「一種類の飲み物しか売っていない自動販売機」がテーマのようです。野口あや子が「熱帯びたあかるい箱」と詠んだそのあかるさが、ここでは「やわらかいひかり」と詠われています。野口あや子の歌では「閉ざされて」いるポカリの「みほん」と自分自身の境遇を重ね合わせているように読めるのですが、穂村弘の歌は「頬を照らされて」とあるように、自分自身は「自販機」の外部にいることがあらかじめ示唆されています。
ここで「男女論」みたいにしてしまうと多分単純化しすぎなんだと思うんですけど、
・「自販機」の外側にいて「ポカリ」を消費しながら「やわらかいひかり」を浴びる側
・「どこへも行けない」「みほん」として「熱帯びたあかるい箱」に「閉ざされる」側
と対比するような内容で興味深く読みました。なんか、風俗嬢とその客みたいな…。
まあ、エッセイには
「ポカリスエットだけの自販機」は、夜の闇の中にひんやり青く浮かび上がっている。なんとなく近づきたくなる。で、その中に一本だけコーラが混ざってたら、怖いだろうなあ。
とあるので、私が読んだような意図はないであろうことは分かるのですが。
やわらかいジェンガをひとつ引き抜いて砂のお城を今崩してよ (yuifall)