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「一首鑑賞」-155

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

155.てのひらにつつむ胡桃の薄緑この惑星に子よ生れてくるしめ

 (西王燦)

 

砂子屋書房「一首鑑賞」で黒瀬珂瀾が取り上げていました。

sunagoya.com

 「子よ生れてくるしめ」の一言に、「いのちをつなぐ」ということを考えました。

 親が子を守れるのは基礎的な衣食住と安心と愛情だけで、その先はもう自分でくるしんで会得するしかない。「生れてくるしめ」はもしかしたら自分と自分の子、という目線で考えると残酷に思われるかもしれませんが、自分の親と自分、と考えるとやむを得ないと思うのではないだろうか。人間関係、社会生活や実存の苦しみから、親は子を守れない。自分で苦しむしかないんですよね。むしろ、親に守られるくらいだったら一人で苦しみたい、ということが年齢を重ねるごとに増えていくのかもしれない。

 それに、結局、自分の子供といっても大人同士として付き合う年数の方が長くなるんですよね。親元にいるのはせいぜい20年弱で、その先はもう一人の大人なわけですから。自分の子供といえども、自分の知らないところで生活している大人としての付き合いの方が長くなる。

 

 この歌の「胡桃の薄緑」は、胡桃がまだ若い頃の緑色の果皮のことかなと思いました。その中にあの硬い殻の核果があるんですよね。親はまだ緑色のやわらかい時期までしか関わって守ることができず、その先、硬い核果を作って我が身を守り、次の種子をはぐくむのは自分自身なのだから、という思いが感じられます。そこに「惑星」という言葉が差し込まれることで、親から子へ、さらにその子へ、という生命の営みを連想しました。

 

 鑑賞文には

 

作中主体の性別は歌中に明記されてはいないが、やはりこれは男の歌だろう。

(中略)

薄緑の胡桃を大切に握りつつ、己の命を受け継いで生まれるだろう「子」を思う。そして胡桃は乾燥した種子となり、より過酷な環境でもその内側の仁を守り抜く。生まれた時は柔らかな果実である我が子も、成長した後はそんな頑健な精神を保ってほしい。母親から見れば、身勝手な男の願望に見えるだろうか。しかしながら、父親という生物は、己の子にどこか、ロマンを託してしまうものなのだ。時にそのロマンは、子を持ったことへの悔恨の形を取ることもあるが、それも家族への愛情深きゆえと、世の母親にはご理解願いたい。

 

とあり、これは「父性」の歌、と読んでいます。

 ですが、「子よ生れてくるしめ」、という思いは別に男性的な感情とは限らないのではないかな、と思いました。上に書いたように、人間は苦しまずには生きていけないし、永遠に自分の保護下に置くわけにもいかない。親は子よりも早く死ぬだろう、だから自分が死んだ後でも不自由なく生きられるように強くなってもらいたい、というのは男女問わない願いなのでは?それはロマンというよりもごく一般的な現実に思えます。

 それに、「子を持ったことへの悔恨」もとりわけ男性特有の感情ではないでしょう。オルナ・ドーナトの『母親になって後悔してる』が数年前から話題になってますよね。単にみんな思ってたけどずっと言えなかっただけだと思う。

 

 まー、どうなんでしょうね。母―息子だと、「あなたを看取るまで死なないわ」みたいなママもいるんかな。寿命的にあり得るし…。逆に、「男のロマン」っていうけど、父―娘だとこれほど突き放せないパパいそうだし…(結婚許さん!みたいなパパね)。黒瀬珂瀾の読みは父―息子に寄っているような印象もありますね。

 それにしても、ママが息子に「あんな女と結婚なんて許しません!」だったらキモいのに、「お前に娘はやれん!」が許される風潮が解せません。パパと娘でも十分キモいよな。

 

 ちなみにですけど、作者は『現代歌人ファイル』でも登場していて、「全ての歌が27文字で統一されている」とあったので今回も数えてみたら27文字でした。

 

 

有史以来94%の人が死にその割合は減り続けている (yuifall)

 

 

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