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「一首鑑賞」-107

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

107.うぬぼれていいよ わたしが踵までやわらかいのはあなたのためと

 (佐藤真由美

 

 砂子屋書房「一首鑑賞」で黒瀬珂瀾が取り上げていました。

sunagoya.com

 今、相聞歌な気分だったので。

 

 この歌に出会ったのはこれが初めてではないのですが、最初どこで出会ったかは思い出せません。

 この歌見るといつも思い出す男性が二人います。一人はすっっっっごく昔にちょっとだけ付き合ってた相手(恋人ですらない)で、少し年上で、「踵とかきれいにしとけよ」とかいうタイプの男だった。私は全然そんなことどうでもよかったし、言うことを聞くつもりもなかったし、実際聞かなかったし、理由はこのこととは関係ないけどすぐに別れました。で、ほんとに踵きれいにしろなんて思ってんのかな、この人。なんかの雑誌に「踵がきれいじゃない女は微妙」みたいに書かれてたの鵜呑みにしてるだけじゃねえの、って思ってた。当時十代でしたが、相当冷めてました。

 もう一人は大学時代の先輩で、この人は実際美意識の高い人で、やんわりと「サンダル履くなら踵の角質とか気にした方いいんじゃ」みたいなことを言われたのを覚えてます。この時は、あ、ほんとにこう思う男の人っているんだ、って思ったけど、嫌だとかは思わなかった。ていうかやっぱり全然聞くつもりなかったし、ふーん、そういう意見もあるんだなあ、って思ったくらいでした。どっちにしろ私には踵のことを気にしない恋人がいたので、まあどうでもよかったというのもある。

 

 それでこの歌に出会って、ああ、ほんとに、男性のために踵をきれいにする女の人がいるんだなあ、って思いました。多分私が男だったら、気づかないと思う。でも、気付いてあげられるタイプの男性だったら、こんな女の子はめちゃくちゃかわいいんだろうな、って思います。

 

 鑑賞文を読んでいて、

 

しかし、踵を柔らかくしたところで、男がそれに気づくものか。やはり踵を柔らかくさせるのは、女性の自尊心ではないのか。ここには単なる性愛や男性への媚を越えた、女性自身の自己決定性、自負心を、恋愛関係の中にそっと注ぎ込む心があるように感じられてならない。

 

と書いてあり、ちょっと意外でした。勝手なイメージだけど、黒瀬珂瀾の歌から、細部への美意識が高いタイプかと思っていたから。踵がきれいかどうか気にするタイプかと思ってた。もしかしたら「自分は見てるけど普通男はあんま気にしないんじゃ?」みたいなことかもしれませんが、でも多分本人が「踵きれいにしろよ」って女性に言うタイプの男性じゃないから、そういう男がいるんだってこと想像できないのかもな、とも思った。そういう人、いるんですよ。だから、この歌の主人公が踵をきれいにしている理由が「女性自身の自己決定性」に基づくものなのかどうか実はよく分かりません。

 

 だけど、この歌の「読み」はすごく面白いなって思いました。全文は引用しませんが、

 

この歌、ストレートに読みとけそうで、ちょっと複雑だ。確かに呼びかけの形を取ってはいるが、「うぬぼれていいよ」という揶揄そのものの言い回しは、直接のメッセージではないだろう。つまりここには、自分の体に磨きをかけるのは愛する男のためだ、と私は思っている、と貴方は思ってよい、と私が思っている、という、三重の構造がある。この一首は作中主体の男性観を表した、内面的な歌だろう。無意識に男尊的な思考に陥りがちな男性という生き物を苦笑しつつも、その苦笑を表には出さない。

 

とあります。

 たぶん、ほんとうに「あなたのため」かどうかは分からないんですよね。でも、あなたのためにやってると思ってうぬぼれてもいいよ、って言ってる。「俺のためにこの女はこんなところまで磨き上げている」って思っていい気分になるならそれでいいのよ、って。もしかしたらきれいにするのはあなたのためじゃないのかもしれませんが、理由はともあれ結果としてそこに「踵までやわらかいわたし」がいるわけで、それで「俺のためにそうしてるって思って気分がよくなるならそう思ってもいいよ」って。

 そこまで読めばやっぱり、「女性自身の自己決定性」に基づいて行われた行為に対し、「あなたのためにしたと思ってもいい」と言っているシーンなのかもしれないと納得できます。

 

 ところで、今では私は月一でネイルサロンに通い、フットケアをしてペディキュアをしています。これこそ「自己決定性」に基づいて行われる行為であって、男性に「踵きれいにしろよ」と言われたからではないです。それを「あなたのためって思っていいよ」なんて言えるかな。もしそう言ったとして、「何言ってんの、そんなこと思ってないだろ」って言ってくれる人が好きだな、って思います。

 

 

美女よりも美女の男になりたくてレッドソールのあなたのヒール (yuifall)