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現代歌人ファイル その194-田川みちこ 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

田川みちこ 

bokutachi.hatenadiary.jp

ラッシュ時の願ひはひとつ胸厚き男の多い車輌に当たれ

 

今朝もまた知らぬ男に寄りかかるラッシュアワーは秘かな楽しみ

 

 解説によると、

 

 ラッシュアワーで見知らぬ男性に寄りかかることを秘かな楽しみにしている女性という異色の作中主体である。(中略)(ラッシュアワーは)見知らぬ人間と直接体の触れる奇妙なコミュニケーションの場として象徴化されている。その不思議な空間を楽しもうとする姿は、つまり息苦しい社会を心の持ちようで泳ぎきろうとするしたたかな女性像でもあるのだろう。

 

とあります。その意図は分からんでもないが、現在の感覚で言うとセクハラそのものですね(笑)。

 だってこれ、男性が痴漢行為について詠んでる歌だったら許せますか??ラッシュ時は若くておっぱいの大きい女の子の多い車両にあたりたい、みたいな歌だったらちょっと受け入れがたいですよね。男女逆ならアリって今どき通用する??

 これは、つまりは強烈な風刺ということなんだろうか。ラッシュアワーという社会問題、見知らぬ人間と直接物理的に接触するという異常な状況に慣らされていることへの違和感、そこから「男性」を性的に消費しようとする意図は、私には逆にそこで「女性」が性的に消費されているという事実を否応なしに思い起こされます。数年前、「男がみんなそれをするわけじゃない」というハッシュタグに対して「女はみんなそう」というハッシュタグが流行したそうですが、実際に女性で性的被害にあったことのない人なんているんだろうか。そういえば以前にyahooニュースのコメントか何かで、「ゲイに痴漢されたからゲイ全員が許せない」みたいな男性のコメントを見ましたが、その理屈が通るなら女性全員が男性全員を憎んでいても仕方ないのでは??

 今テレワーク等でどれほど解消されているのか知りませんが、ラッシュアワーは社会構造的な問題だし(居住地と勤務地の解離、出勤退勤時間の融通の利かなさ、首都圏人口の過剰な密度)、その歪みの犠牲になるのは結局弱者です。女性は性的被害にあうし(一部の男性は冤罪被害にあうかもしれないし)、身体障碍者や子連れなどは冷たい目で見られます。社会的弱者が公共交通機関を利用しただけで白眼視されるっていうのは明らかに異常な状況です。これらの連作では、社会的強者の側を性的に消費しよう、あるいは評価してやろうといった意図が感じられます。

 

 まー、でも、後に続く引用歌を見ると、単に楽しんでる人って気がしなくもないですけどね。

 

モリーを消せば九九九九九と笑ふカシオ電卓と夜中のわたし

 

君のことそつと見てると言ひながら目は味見して視姦合格

 

みたいな感じですね。昔、電卓を使って、12345679に1から9までの好きな数を掛けて、さらに9を掛けると…、っていう遊びあったの思い出しました。

 

誤差持たぬ時計の内部をつかみ出し我が内臓と入れ替へてみる

 

逢ふ人を傷つけてしまふ剝き出しの吾を恐れて黄水仙抱く

 

 でも最後にこういう歌に出会って、やっぱり、傷つきやすくて傷つけやすい「剥き出しの吾」を隠し持っているんだろうと思いました。「誤差持たぬ時計」と入れ替えたい、誤差と傷だらけの自分の中身。

 まあ、とはいえ、「剥き出しの吾」を剥き出しにしておく必要は全くないわけですからね。誰しも傷だらけの吾を隠し持っていて、剥き出しにはしないものなんでしょう。

 

 

機械みたいに感じればいいのにね、軟骨越しのきみのためいき (yuifall)