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現代歌人ファイル その193-佐久間章孔 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

佐久間章孔 

bokutachi.hatenadiary.jp

普遍的観念の逆襲をこそ企まんポップなコピーの比喩する街で

 

くらがりでクールなやつが喋ってる「おたがい、巻かれちまうだろうな」

 

バースデイ・パーテイの日にただひとりで死んでいること 小綺麗にして

 

 歌集『声だけがのこる』は1988年に出ているそうで、解説によれば

 

アンソロジー『現代の第一歌集 次代の群像』に収められたエッセイでは、「この歌集はなんとしても『昭和』のうちに出したかった」「「ああ、これは残党の抒情だ。」と痛感した」と綴られている。

 

だそうです。この本は刊行が1980年なんですね。80年代の空気感なんでしょうか。

 「ポップ」という言葉に村上龍の『ラブ&ポップ』を連想しましたが、この小説は1996年のようで約20年違うから似たような意味合いではないのかもしれません。

 

 1948年生まれだそうなので、88年には40歳ですね。30代の頃の歌なのかな。当時の30代って今より大人なイメージですけど、こういうライトな口語短歌の裏に、解説によれば

 

口語を積極に用いているのだが、同様に口語を使うライトヴァースへの揶揄めいた歌も見られる。「曲馬団」「サーカス」というモチーフからして、大衆性を志向する作歌姿勢のメタファーなのかもしれない。そしてそれは、イメージが実体を離れて肥大化していったような時代状況全体への揶揄でもあったのだろう。

 

とあり、政治的志向が窺われます。また解説にも「虚無」という言葉が何度か用いられており、やっぱりこのポップな言葉遣いは虚無感、空虚感(もしかしたら何にも裏打ちされていない好景気のバブル感)を象徴しているように思えます。

 

 後半は新浦壽夫というかつて巨人の投手だった野球選手を詠った連作から引用されています。

 

抜いた球だけで三振をとるそうな とにもかくにも野球は新浦

 

男とは一回(イニング)ごとに替えるシャツ一球入魂野球は新浦

 

みたいな感じです。新浦という選手のことを全く知らない状態で最初引用歌をずっと読んでて、

 

過ぎし日の静岡商業(せいしょう)グランド 語尾たかき差別語はもう聞こえないけど

 

「追放は巨人の常よ」海峡を還る左腕に風がささやく

 

みたいな歌の意味がよく分からなかったのですが、解説に

 

関川夏央『海峡を超えたホームラン』にもその生涯が描かれているが、在日韓国人であったために日本球界に振り回され、韓国と日本のプロ野球を転々とした。

 

とあり、だから「差別語」「海峡を還る」になるのか、と思いました。

 

 この記事は最初、東京オリンピック開催中の2021年7月頃に書いたのですが、当時、性的マイノリティや人種的マイノリティ、障害者に対する差別など多くの問題が日本中、世界中で取り沙汰されていました。日本人を含むアジア人が欧米で差別の対象になっていることが騒がれる一方で、受け入れる日本側の「ガイジン」差別の問題も多く取り上げられる中、これら一群の歌に出会いました。

 

 この人がこだわった「昭和」と今、令和の間に平成の30年間を挟みましたが、変わらないことの多さに逆に驚かされたりもしました。パラダイムシフトにはやっぱり小手先のテクノロジーじゃなくてイデオロギーの変化がないとだめなのかなって思う一方、そのことが怖いなとも思います。そういうドラスティックな変化には流血を要するのではないかという予感がするからでしょうか。

 

 

You can stand under my umbrella (この傘の下にあなたもいらっしゃい)「日傘ブス」とか言ってないでさ (yuifall)

Umbrella (Rihanna ft. Jay-Z)