山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。
西田美千子
口笛を吹けぬわたしの生存をいかに風らに伝えるべきか
この歌すごく好きで、好きすぎてなんか既視感のようなものすら感じたのですが、ググっても元の『現代歌人ファイル』のページにしか行き当らず、どこかで見たことがあったのか単なる既視感なのかすら分かりません。この人は「青いセーター」で短歌研究新人賞を受賞した後歌集を出すことなく消えてしまった、と解説にあるので、別の場所で見たとも考えにくいのですが…。何かの本に載っていたかなぁ。
それにしても、いきなり賞を受賞するのもすごいけど、歌集も出てなくて一回賞を取っただけの歌人を取り上げる山田航もすごいなってびっくりしました。短歌研究新人賞、調べたら「短歌研究」という雑誌の賞で30首らしいですね。所属結社もないそうです。ということはその30首しか世に残ってないんでしょうか。17首紹介されていますが、それがすでに過半数なのか…。なんかもったいないですね。
大陸を向いて位置する砂浜にわたしも砂のひとつぶとなる
この歌もすごく好きです。だけど今読むとわりとすんなり読んでしまうのですが、1977年の受賞作らしく、
1977年という時代を考えると、この口語の使い方はかなり先進的である。リズムに無理なく言葉を乗せており、かなり注目を浴びたのではないかと思われる。
と解説にはあります。
わたくしの針箱はさみなぜならば母とは別の生であるため
こんな歌にはちょっと時代を感じる気もします。
特徴的なのは「母」の歌と「女」の歌である。母のような女の生き方への反感があるように思える。おそらくは戦中世代であろう母親の姿を見てきた50年代生まれの女性には、こうした自立意識がひときわ現れていたのだろうか。
と解説にあります。
この人は1954年生まれみたいなので、その母世代ってなると戦時中を生きた世代だろうし、男が偉くて抑圧された生き方だったろうから、「母とは別の生」という反発は分かる気もします。でも、「自立意識」がどこまで実際に「自立」まで向かわせたかは分かりません。この人自身も世代的にはサラリーマン&専業主婦モデルの頃だっただろうし…。もしかしたらさらに娘世代(70年代~80年代生まれ)にも「母とは別の生」って思われる世代かもしれない、とも考えました。
それにしても今、「日本が貧乏になっているから共働きを選ばざるを得ない」という風潮ですが、こうやって考えると、働き方を「選べた」時代なんてあったのかなぁ、と。この人の「母」世代(戦中世代)は働きながら子育てが当然だっただろうし、この人の世代は逆に「寿退社」圧力が強くて仕事を続ける選択肢は一部の人に限られていただろうし、その娘世代では、専業主婦は特権階級に逆戻りしています。まあ逆に言うと男性はずっと「父と同じ生」を迫られ続けていたわけで、それがよいかどうかはともかく、今になってようやく、時代に翻弄されてきた女と同じ立場に立たされているのかもしれない、とも思いました。
ただ、やっぱり戦中世代と決定的に違うのは教育の機会ですよね。教育がなければ選択肢はそもそも生まれないわけなので…。そういう意味で、自分は「祖母」「母」の世代よりも幸福である、幸福にしてもらったのだと思っています。ここでは「針箱はさみ」と詠われているけれど、今だったら何になるんでしょうね。
夏休みの工作展示室に聞く身分違いの恋のことなど (yuifall)