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現代歌人ファイル その198-藤沢螢 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

藤沢螢 

bokutachi.hatenadiary.jp

白桃の縫い目にそって朝の歯をあてるとき悲しみは湧きくる

 

 解説によれば、

 

1989年に久木田真紀の名前を使って応募した「時間(クロノス)の矢に始めはあるか」で、第32回短歌研究新人賞を受賞した。その時19歳の女性というプロフィールでデビューしていたが、オーストラリア在住のため人前に登場することは難しいと主張しながら作品を発表していた。そしてその後に、実際は中年の男性によるプロフィール偽装であったことが判明したのである。

 

という人のようです。

 このエピソード絶対どこかで見たことがある、と思って長いこと悩んでいたのですが、最近枡野浩一の『ショートソング』読み返したら若干アレンジが加わった形でこのエピソードが挿入されており、『ショートソング』で読んだから知っていたような気がしていたのだということが分かりました。すっごく昔に読んだきりだったので忘れていたんですね。

 

 いつもいつも、短歌の「私性」というものが分からなくて混乱するのですが、そもそもなんで作品に作者のプロフィールが必要なんだろうって思うところがあります。正直、短歌賞とかに応募したくない理由の一つとして(そのレベルにない、というのはひとまず置いておいて)、プロフィールを明らかにするのが嫌だ、というのはあります。なんで、年齢性別を含めてどこの誰それって名乗らないと入口にすら立てないんだろう。まあ、賞への応募に関してはあらゆる作品形態(小説、漫画、絵画、写真など)でプロフィールの開示は求められるんだろうし、色々合理的な理由はあるんでしょうが…。プロの人が新人を装って応募して賞ゲットとかはやっぱり倫理的に問題がありそうだし…。

 でもやっぱり、作者が19歳女性であった場合と中年男性であった場合で作品そのものの評価が変わるというわけではないはず。だから、そこが偽装だとなぜまずいのかが理解しきれていないというのはあります。やっぱり「賞」だからまずいのかなあ。

 これが「12歳」「16歳」とかだったらやっぱり偽装はまずいと思うんだよね。「若い才能!」「最年少受賞!」みたいに年齢の部分が一人歩きしてしまいそうだから、それを狙った年齢設定って感じてしまう。それに、若すぎると恋愛の歌に違和感があるし。その点「19歳」はぎりぎり許せるって感もあります(笑)。

 『ねむらない樹』で齋藤斉藤が笹井宏之の歌集について、歌に読み取ることのできる苦しさをあとがきで説明してしまっている、と書いていたのですが、つまりプロフィールをどのような形式で公開するかあるいはしないかも含めて作品の一部と考えるならば、19歳女性の作品として読まれたい、という作者の意思ということでいいのかな、という気もしますがどうなんでしょう。

 この歌なんてすごい青春性が高く、作者が誰であれ、若い女性が主人公であるとして素直に受け止めて鑑賞していいのかなって思います。「白桃の縫い目」って言葉、いいなって思いながら読みました。すんなり読んでしまうけど、朝から桃食べないなあ。朝から桃食べて「悲しみ」っていうアンバランスさが不思議です。

 

きみという男をめぐり月光と吾(あ)とが互(かたみ)に唇(くち)うばいあう

 

女とは天衣無縫にあらざれば抱けよ夏暁にひかり差すまで

 

 まあ、上に色々書いたのですが、19歳の女性の作品として楽しめる一方で、中年男性が書いたと考えることによってより楽しいという面も否めません(笑)。私なら「きみという男」という言い方はあまりしないけど、ここでは主人公が「女性」であることを踏まえてあえて「男」と書いているんだろうか、とか、「女とは天衣無縫にあらざれば」も女性が言うか男性が言うかで感じ方がまた違うなーとか、そういうメタな読み方してしまうよね。それがいいか悪いかはともかくとして…。

 あと、ネタバレ後に読むと、こういう歌はやっぱり19歳女性の作品には見えないな、って感もありますね…。

 

 歌集は別のペンネームで男性として出しているようなのですが、

 

「時間の矢に始まりはあるか」という歌集の最大の特徴は、その半分以上がアメリカに関する歌で占められていることである。実際に作者が留学中であるかのような雰囲気があり、摩天楼やスラム街の描写がときに卑語を用いながら繰り返し描かれ続ける。

 

とあり、

 

マリファナと銃とAIDSの輪唱がこの国を誤らせるだろう

 

「知ってる」と言うときサイレントのKが聞こえてくるなれヴィヴィアン・リー

 

みたいな感じで、引用歌の中に主人公のプロフィール的な部分が強調されているような印象はあまり受けません。あまり性差は感じられない、どちらかというと社会詠のような感じです。でも、解説には「はすっぱな女性像を作中主体として築き上げた結果」とあるので、歌集全体を読めば、スラムを闊歩する女性が浮かび上がってくるのかもしれません。

 

 

肩までの髪したかわいい顔の子がテノールで「僕」って言う 針みたいに (yuifall)