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現代歌人ファイル その90-田中佳宏 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

田中佳宏 

bokutachi.hatenadiary.jp

革命家 壁にひとすじの傷つくり百すじの掌の傷と眠れよ

 

 1943年生まれ、安保闘争の時代の歌だそうです。第一歌集のタイトルは「黙って墓場に降りてゆくわけにはいかない」だとか。ほんと、戦争とか安保闘争とかの歌って全然太刀打ちできません。当時に生きた人間じゃないと肌で理解できないんじゃないかと思う。SNS時代の今、かつてないほど市井の人たちが声を上げているように感じる一方で、むしろ今の方が「黙って墓場に降りて」いっているような気もするし、なんにせよ今真顔で「革命」とか言えないなぁ、ってどこか冷めた気持ちで考えるのですが、

 

午 われは土に垂直 闇われは土に平行 はげしき思想持てぬかな

 

という歌もあり、当時も皆が「はげしい思想」を持っていたわけではないのかも。

 

奪うべき唇ばかり視つめる 直線は逃走に喘ぐ者らの軌跡

 

 みたいな、かっこいい恋の歌もあります。それにしても、こういう言葉を額面通りに受け止めてもいいのか、それとも時代もあって「男らしい」キャラクターを演じるしかなかったのか、判断に迷います。他人がジャッジするようなことじゃないんでしょうが、素直に受け取り難いところが私にはある。本当に「奪うべき唇」なんて思っていたんだろうか、って。体制でも反体制でも、男は過剰な強さを求められていて、それに応えざるを得なかったのではないかとどこかで疑っているところがあります。

 

 解説には

 

 田中佳宏は1943年生まれで、2008年に病没している。放射線技師を経て故郷の埼玉県妻沼で農業を継ぎ、「新日本歌人」や「個性」などに参加した。

 

とあり、後半は第二歌集「天然の粒」から、農業従事者としての歌が引用されます。

 

土により喰う身はかなしふてぶてし畑の石ころひろっています

 

 なんというか、安保闘争イデオロギーが理解しきれていないので、それに関連した歌人の生き方や安保闘争後の身の振り方について、思想的に連続性があるのかそれとも何らかの転換が起きているのか理解できないところがあります。日米安全保障条約に反対する運動だったということは当然分かるのですが、色んな立場の人が入り乱れてる感じするし…。それぞれの歌人がどういう立場、どういうイデオロギーで革命を望んで、破れた後どういった思想的転換あるいは連続性をもってその後の生活をしているのか、というのが理解しづらいです。

 今までに出てきた歌人でも、清原日出夫(その49)は北海道の開拓農家出身で公務員になってて、

現代歌人ファイル その49-清原日出夫 感想 - いろいろ感想を書いてみるブログ

筑波杏明(その78)は警察官を辞職してますよね。

現代歌人ファイル その78-筑波杏明 感想 - いろいろ感想を書いてみるブログ

革命に生きてその後公務員とか農業に行くっていうのは、どういう思想の流れなんだろう、と考えます。

 

どん百姓田中佳宏、自然より掠めとりせっせとじゃがいも運ぶ

 

みたいな歌、

 

田中の示す「百姓」像は、主を持たず自由に見えるが、実のところは未来への希望を抱かずに毎日を過ごしていくという姿として浮かび上がっている。世捨て人の自由気ままさではない。むしろ大地に縛り付けられた悲しい人間として自嘲気味に登場する。

 

と評されていますが、安保闘争後の思想転換としてはどう受け止めるべきなのか、理解しきれない自分がいます。

 

 

ピストルも土も知らない指で打つ命の在処を言うような文字 (yuifall)