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現代歌人ファイル その44-加藤英彦 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

加藤英彦 

bokutachi.hatenadiary.jp

戦火はげしさを増す夕刻に煮えたぎるパスタの茹であがりが気になる

 

 日常にある戦争です。解説によれば青春への惜別のメタファーのようです。

 

社会への批判や挑発という意図よりも、自分は現代において間違いなく目には見えない戦争の中に生きている。そういう実感を強調しようとしているように思う。

 

と解説にはあり、今まさに戦争の中にいるという感覚、それは分からないでもないのですが、その一方で今まさに命を奪い取られる物理的な戦火の中にはいない、というか、実際にその状況にある人たちと同じではない、という思いもあり、こういう歌にどういう感想を抱けばいいのか、いつも悩んでしまう。嫌いというわけではないのですが、分かると思ってもいいのか、という困惑といいますか…。

 だって実際家の外で戦火が激しさを増していたらパスタのことなんて考えないはず。というか切羽詰まった状況で麺類、絶対、ダメ(笑)。なので、個人的には、「目に見えない戦争の中に生きているという実感」はあんまり感じないんだよなー。実感してないからこその「パスタ」なんじゃないの?

 

出会い系サイトひらけばひっそりと真水のごとき少女あらわる

 

 こういう歌からは、やっぱり「戦争の実感」は感じないんだよなぁ。出会い系サイトのむこうの「少女」が生きた生身の人間だって感じがしないもん。両親がいて(仮に一緒に暮らしていないとしても親そのものは存在している、あるいはしていたわけで…)、(幼稚園)、小学校、中学校、(高校)って歴史を重ねて生きてきた一人の人間である、っていう感じが全然しない。ただ携帯の画面に平たく映ってる写真なんだよ。

 

 解説では、

 

あたたかき口調がつつむ妻という牝の正しい飼育の仕方

 

という歌をとりあげてこう書いています。

 

「飼育」は加藤短歌のキーワードである。飼い馴らされ、家畜化してゆく人間たち、そして紛れもなくその一人の〈私〉。(中略)そして権力はつねに強者が弱者にふるうものではなく、弱者が強者に振りかざす権力もありうるのだ。権力とは個人が所有するものではなく、人間同士の相互関係の中にある。他者を必要とするという関係性そのものが「飼育」であり、その関係性の向こうに加藤は、個人の溶解を感じ取るのである。

 

 うーん、正直、この解説は私には難解すぎますね。。なぜ他者を必要とする関係性そのものが「飼育」なのか?他者を必要としない関係性なんて存在するの?弱者が強者に振りかざす権力というものはあり得るだろうけど、「強者」と「弱者」をどう定義するの?そしてそのことがこの人の短歌とどう関係するの?権力をふるいあい、飼育し合う関係性の向こうで、なぜ個人が溶解するの?歌集を読んでいないために分からないのか、私の読解力に問題があるのかよく分かりません。よくこんなことを読み取れるなぁ、と感心するばかりです…。

 

 ところで直接的な関係はないのですが、『現代短歌最前線』で穂村弘石田比呂志に痛烈に批判されたことを書いていて、

 

決定的に穂村の歌に欠けているのは具体的な物質感と生活感であろう。(中略)『3K的労働』なるものから遥かに遠く、一度も貧困や不如意に喘いだこともなく、何かに体を張ったことも、ションベンちびるような勝負をしたこともなく、腹にずっしりこたえるようなワッパメシを食ったことなく、白刃の上を渡ったことも、どん底の修羅場を潜ったこともなく(後略)

 

っていうような内容だったのですが、何でそんなことでわざわざ批判されたのだろう?と、この人の歌読んでて思いました。

 私はこの人の歌の中に描かれている「戦争」あるいは「日常」に「具体的な物質感と生活感」や「戦争の実感」を感じ取れない。でも、この解説にあるように山田航は「間違いなく戦争の中にいる実感」を感じているわけだし、どの歌が「ほんとう」かっていうのは個人の感覚であって、一方的にジャッジすることじゃないような気がする。そして、「ほんとう」じゃない=ダメ、っていうのも違うと思うし。穂村弘が出現する以前にだって、具体的な物質感と生活感に欠ける(ように感じられる)歌、『3K的労働』を体験したことがない(ように思われる)人の歌、ってたくさんあっただろうに、何がそれほどにまで石田比呂志を怒らせたのでしょうね。

 

ふり向かせたくて零した嘘いくつ あげはが薄く笑ってくれる

 

 恋の歌もあります。こういう歌は素直に好きだな。でもその先にあるのが「妻という牝の正しい飼育の仕方」なのかと思うと悲しいですね(笑)。それが「日常の戦争」だっていうのは男の傲慢なんじゃないかなって感じましたが、もしかしたら全然違う文脈上にある歌なのかもしれず、この(元の)ページの印象だけで決めつけるのはナシかなーって我ながら思いますのでただの雑感ということで…。

 

 

Flying Aceを撃ち墜としコックピットを抉じ開けて交わすキス (yuifall)