山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。
真木勉
「アナタには合はせる顔がないない」と言ひつつ顔はなくなつてゆく
「ホラー短歌」だそうです。面白いな!
塩焼きの鮎を上手に食ふやうに或る夜子どもを箸で押さへき
電車待つをんないきなり唇(くち)すぼめふうふうふうふう赤児を冷ます
怖がればいいのか笑えばいいのかよく分からなくなります。ホラーというより妖怪なのかな。解説にも「笑いと紙一重の恐怖」とあります。
アルマジロが子供産みたり その子供の頭から爪先までアルマジロ
満員のエレヴェーターに乗る人ら 乗りてはすぐに入り口を向く
次々と名前呼ばれる待合室呼ばれるたびに違ふ人立つ
こういう歌、「ただごと歌」っていうか奥村晃作の「運転する人皆前を向く」の歌と似てるなーって思ったのですが、解説によると
これらはただごと歌とも言える歌であるが、ただごと歌に特徴的である「真面目すぎるがゆえのユーモア」とはちょっと違う。描かれているのは全てが画一化されていく日常の恐怖であり、その風景を見いだせている原動力は悪意である。
だそうです。まとめて読んだらもっと鬼気迫るものがあるのかもしれません。
伏してゐし海馬傍回ゆるゆると立ち上がり来る IN MY BRAIN
真木は「脳」というものに強い関心を持っているようだ。身体を物質と感じ、今見えている世界はすべて脳が生み出した幻ではないかと疑っている。刊行のころを振り返ったエッセイではこう書いている。〈文化的であるゆえ男はとくに「脳」的である気がしてしかたがない。「生」の実感が乏しくてじつにあわれなものである。〉。
と解説にあります。でも、「脳」的であるか「身体」的であるかは男女関係なく人によるとしか言いようがない気がします。私自身が、「生の実感が乏しい」「脳的な」言葉を使いがちでコンプレックスがあるので特にそう思います。
扁桃体に逆らうようには生きないし竜のようには死ねないだろう (yuifall)