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現代短歌最前線-穂村弘 感想5

北溟社 「現代短歌最前線 上・下」 感想の注意書きです。

 

yuifall.hatenablog.com

穂村弘

 

 穂村弘は、いつも思いますけど、エッセイが抜群に面白いですね。この本は2001年発行なのですが、当時「最前線」にいたのはきっと穂村弘なんだろうなって思います。花山多佳子による解説もすごく分かりやすく、

 

 平成二年の『シンジケート』での穂村弘の出現は、短歌界を穂村弘以前と以降に二分してしまった感じがある。(中略)穂村弘の歌は、短歌的土壌となる自然や、環境や知識を知らない世代にとっての短歌での感性の解放であり、通行手形のようになっている。

 

 とあります。

 

 このエッセイでは、第一歌集『シンジケート』に対する石田比呂志の評論をまず引用しているのですが、そのインパクトがすさまじいです。

 

いや、もしかしたら私の歌作りとしての四十年は、この一冊の歌集の出現によって抹殺されるかもしれないという底知れぬ恐怖感に襲われたことを正直に告白しておこう。

 

とまで言わせる歌集。これに対して穂村弘

 

だが、石田の文章を読んで私が感じたショックのなかには、恐怖や怒りや悲しみや混乱と共に、説明し難い未知の感覚が含まれていた。今から考えるとそれは殆ど喜びに近いものだったと思う。勿論当時はそんなことは考えてもいなかったが、それでもやはり心の深いところで自分はそれを望んでいたのではないか。

 

と書いています。

 これから後の時代、一体だれが、「この一冊の歌集の出現によって今までの短歌の歴史を否定する」とまで言わせる歌集を作ることができるんだろうか。つまり今までは、花山多佳子の言うように、「短歌的土壌となる自然や、環境や知識を知っている」ものでなければ短歌を詠むことはできなかった。それが穂村弘の出現によって打ち砕かれた、という、大きなパラダイムシフトが起きた時代の最前線にいたんだと思います。

 

 とはいえ、穂村弘の短歌ってそんなに分かりやすいかな?って考えてて、ずっとうーん??って思ってたんです。エッセイとか誰かの歌の解説とかはすごく分かりやすくて面白いのに、歌はよく分からんってずっと思ってて。

 この記事も荻原裕幸の感想と同様、すごく悩んだあげくに何度も書き換えているので、後から読んだらなんじゃこりゃってなる可能性もありますけど、一応今のところ考えてることを書いておきます。

 

 ある時海野弘の『ホモセクシャルの世界史』という本を読んでいて、以下ちょっと長く引用しますが、

 

 ヴィクトリア朝では、ディケンズのように、文学は社会と共にあった。ところが世紀末に社会から分離し、孤立してしまう。同性愛文学はその典型なのだ。

「それらの本は必然的にエリートのものだ。なぜなら、それは異常で、ぞっとする性格をあつかい、とらえがたく、わかりにくい。それは慎重に、限られた特別の人だけに語ろうとするのだ。」(ジェフリー・マイヤーズ『同性愛と文学』)

 この対立は文学だけでなく、現代のアートすべてのものである。現代美術は難解で、一部の人にしか通じないものになってしまった。だれにもわかる、肯定的な、共通の表現というのが壊れてしまったのである。

「現代のホモセクシャル作家は、十八世紀や十九世紀の、シラーやキーツのような肺病(結核)の作家と似ている。倒錯は、病気のように、芸術家のかなりの割合に烙印を刻み、社会から分離するのだ。ホモセクシャリティは、肺病のように、創造的天才を刺激するようだ(以下略)」(ジェフリー・マイヤーズ『同性愛と文学』)

 

また、

 

アウグスト・フォン・プラーテン」は、1930年、アンスバッハのプラーテン協会での講演の記録である。「美の箭が一度あたつたもの永遠に彼には愛の苦しみが続く」とプラーテンはいう。この愛とは「地上に於いては満たされない故に死である愛であり、すでに幼くして不運にも死に打たれた彼が『美の箭』と呼んだ愛である。」とトーマス・マンは解説している。そして、地上で満たされない死の愛とは、<同性愛>のことだ、とハイルバットが指摘している。

 

とありました。

 これらを読んで私が思い出したのは、穂村弘の言う<愛の希求の絶対性>という言葉です。別に穂村弘の短歌の根底にあるのがホモセクシャリティであると言いたいわけではないということを最初に断っておきますが、「特別の人だけに語ろうとする」というヨーロッパ近代文学の性質と、この穂村弘のエッセイを重ねて、穂村弘がここで起こしたパラダイムシフトっていうのは何だったのか、ということについて考えました。

 

 短歌って、そもそもどういう文学なんでしょうか。小林恭二の『短歌パラダイス』では、俳句や連歌、小説よりもはるかに日本古来のもの、「まさしく日本人の美意識の土台を作った文芸」と書かれています。私は以前、荻原裕幸の感想か何かで、「文字の読み書きができて一定の教養を持った貴族の文化なんじゃないか」と書いたんですけど、実際短歌の歴史も知らないし、一般市民的な感覚からすると、平安時代が終わってから明治時代くらいまでの間、どんな作品が詠まれてきたかもよく分からず…。

 ですが、ちょっとググってみると、その間もいわゆる「古典和歌」のようなものは、武士から庶民に至るまで詠まれていたらしく、さらに

 

白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき

名月を取ってくれろと泣く子かな それにつけても金の欲しさよ

世の中に蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶといふて夜も寝られず

 

みたいないわゆる時事詠的なものやちょっと笑える感じのものは、「狂歌」という別カテゴリーなのかと思ってたら、実は「狂歌」そのものも和歌の一種として古代から存在したそうです(引用歌はいずれも江戸時代のもの)。「狂歌」の中には百人一首の歌など古典的和歌をふざけた本歌取りしているような作品もあるようで、要は短歌というものは昔からずっと、格調高い作品もふざけた作品もあり、貴族も武士も庶民も詠んでいたのかーと。確かに古代から「防人の歌」とかあったよね、そういえば。すみません、まだまだ浅い理解ですが。

 しかしながら、「狂歌」においてまで古典和歌の本歌取りが多数みられた痕跡からすると、古典和歌を知っていてこそ、という感じも受けます。以前引用したのですが、小高賢の『現代の歌人140』の解説で林和清について

 

彼の作品には京都を中心にした膨大な「教養・知識」が埋め込まれている。本歌取り、返歌、典拠のある作品など、いわば新古今時代の歌作りのようなところがある。塚本邦雄をさらに絢爛にした作品と言い換えることも許されよう。だから、鑑賞する場合、読み手が試されるところがないとはいえないのだ。

 

こう述べられていた通り、短歌を読む、あるいは詠むことの背後には「膨大な教養・知識」が必要であったことが窺われます。

 ただ、思うに、近代くらいまでは「教養」ってある程度限られた範囲のカリキュラムを知っていれば身に付いたことなんじゃないかなー。現代は情報過多で、知るべき内容が多すぎて、昔の人的には「今の若いものは〇〇も知らない」ってなるけど、今は昔と比べて知るべきことが多すぎるし、専門分野も細分化されすぎてそれどころじゃないよ…みたいな感じするし。だから短歌が「膨大な教養・知識」を持ったエリート、「特別の人だけに語ろうとする」文学形式になったのは、もしかすると近代~現代にかけて、そういう「これは知っておくべき」内容から和歌が落とされてきたごく最近のことなのかもしれません。

 先ほど引用した「社会と共にあった文学が社会から分離して孤立し、エリートのみに訴えかける難解なものに変貌し、だれにもわかる、肯定的な、共通の表現というものが壊れてしまった」というのは、あくまでヨーロッパ文学を説明した内容ですから、短歌にそのまま当てはめるわけにはいかないことは分かっていますが、なんとなくですけど、近代~現代にかけて生じた古典和歌からの脱却、というか、「アララギ」から「前衛」までの流れが重なるような印象も受けます。

 

 ここで、じゃあ、穂村弘の出現で起きたパラダイムシフトって何だったんだろう、って考えて。ここで短歌は「社会と共にある」ようになり、「だれにもわかる、肯定的な、共通の表現」が復活したのか、と言われると、それは違うと思う。それをもたらしたのはむしろ同世代の俵万智だったんじゃないかな。穂村弘の歌には違う方面の難解さがあるというか、「教養」ではなくて「感性」によって読者をジャッジしてくるように感じます。解説で

 

短歌的土壌となる自然や、環境や知識を知らない世代にとっての短歌での感性の解放であり、通行手形のようになっている。

 

と言っているのはそういうことなんじゃないだろうか。だからこそ、俵万智ではなく穂村弘がムーブメントの中心になったのではないかなぁ。自分には教養はなくても感性はあると思っている若者はいつだって大量にいるし、穂村弘の歌の一種の「分かりにくさ」がそういう層に受けたんじゃないのかなーと。要はシュール系のお笑い芸人を見て「この笑いが分かるやつが本物」みたいなノリの(受け手側による)排他的な選別であって、石田比呂志のようなすでに名をなした歌人からの強烈な批判と反発も、ムーブメントを後押ししたんだと思う。

 

 でも、俵万智穂村弘の歌の背景にある思想がそれまでの短歌と大きく違うかというと、そうではないんじゃないかと私は思うんです。<愛の希求の絶対性>という言葉には、近代から連綿と続く、サナトリウム文学や同性愛文学にも共通する、満たされない愛、この世では成就しない愛、死の愛、という通奏低音があるように思われます。

 「世界と波長があわないと思ったことはない」と言う荻原裕幸に対し、穂村弘は『世界音痴』というエッセイを出しており、自分は世界とずれている、と語っている。これも古典的な芸術家に共通する感覚です。そして短歌の言葉遣いとは裏腹に、エッセイでの語り口は非常に理知的だし、複数の人が「穂村さんは抜群に切れる」といったことを言っているのを文章で目にしたことがあります。

 つまり、穂村弘は、自分の裡にある思想が過去の短歌と共通であることを意識した上で、まったく異なる表出方法をすることによって、受け手側に「感性」によるジャッジメントを(意識的に?無意識的に?)引き起こさせ、大きなムーブメントを呼び起こしたのではないかと考えました。思想的な面で言えば、「世界と波長があわないと思ったことはない」と語り、特に天上の愛を追求しているような感じを受けない荻原裕幸の方がむしろポストモダンなのかなと感じます。そして後述しますが、ニューウェーブに感じる「セカイ系」のニュアンスは、このような自分とセカイが直接連結しているという感覚から来ているのかもしれません。

 

 ここからが本題だったのですが、長くなりすぎたので一度切ります。

 

 ちなみにですけど、私は何度か若いころサブカルかぶれだった、というようなことを書いていますが、サブカルにありがちなこういう感性による排他的なジャッジメントって好きじゃありません。今だから、という意味じゃなく、若いころから好きじゃなかった。短歌を知ってからしばらく、ニューウェーブ、さらに『短歌ヴァーサス』時代のポストニューウェーブが好きじゃなかったのも、多分そういった排他的な空気を感じていたのもあるのかなーと思うし、短歌に限らず「これのすごさが分からない奴はわかってない」と言われる作品の99.99%までが結局は駄作だと思ってます。今、ニューウェーブ、ポストニューウェーブに10年以上の批評が入り、時間と批判に耐えて残った作品だけを楽しめていい時代だなーと思う(笑)。

 

 穂村弘は偉大な歌人ですし、その後の歌人に与えた影響は計り知れないと思っています。そして、別に穂村弘自身がこの歌集によって誰かをジャッジメントしようという意図があったとは思っていません。それは受け取り手側(もちろん私も含めて)の勝手な解釈だと思う。

 ただ、一つ思うのは、『シンジケート』は1990年の作品で、それから20年以上経ってからレトロスペクティブに見ても、これは『サラダ記念日』より一般に「売れる」作品ではないんじゃないかなー、やっぱり。というか、三百万部売れなかったからこそ、自分こそは特別と思う人たちの心に響いたのではないだろうか。もし売れていたら、多分今頃、なんであんな本が大ブームだったんだろうね?バブル期って狂ってたよね、と言われて消費されるだけのいわゆるベストセラー本の一種として終えていたのではないかな。

 

 

Paralyzed in a parallel world

Parasite in paradise, that’s a paradox

Getting paranoid cause it’s getting paranormal

Just a paragraph of the parade that changing paradigms (yuifall)

(死の愛が心を縛るパレードの言葉に甘く寄生しながら)