書肆侃侃房 出版 東直子・佐藤弓生・千葉聡編著 「短歌タイムカプセル」 感想の注意書きです。
大西民子
いつまでも明けおく窓に雨匂ふもしや帰るかと思ふも寂し
この人は長年別居した夫と離婚し、母、妹を見送ったという背景があるようで、別離や孤独を感じさせる歌が多いです。夫を待ち続けているような内容の歌も。別居や離婚の状況が分からないのですが、愛し続けていたのでしょうか。
「無数の耳」「青空の見えぬ傷」「木耳を剥ぎゆく魔物」など、孤独、不安と日常が近しい存在として入り混じっている印象を受けます。
かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は
これも去ってしまった夫を詠う歌なのかな。代表歌ですね。Dionne Warwickの「A House Is Not A Home」思い出した。
誰も座らなくても椅子は椅子のまま、でもあなたがいないと家は帰るところじゃないの
階段を上がって鍵を開けたら、お願いそこにいて、私に恋したあなたのままで
亡き人のショールをかけて街行くにかなしみはふと背にやはらかし
この歌は悲しみが日常にふと入り混じって、生前にそこにあった愛情が優しく薫るようなイメージを受けます。この「亡き人」はお母さんか妹さんなんだろうな。
全体としてトーンは暗めなのですが、どこかひんやりとしていて、静かな印象の歌が多いなと思いました。
しかし後から知ったのですが、短歌の内容に巧妙に虚構が混ざっていたり、何でもないことをすごいドラマチックに詠んだりするのが得意な人のようで、なんというか、帰らない夫を待ちながら母や妹を見送って…という幸薄そうな人生が滲み出ているような歌も全部演出なのではないかという気すらしますね…。実はけっこう冷静なのかもしれません。夫、いない方が楽だし(笑)みたいな…。
曲がるたび路地に佇むひとの目が無言のまゝに我を苛む (yuifall)
死に際に思はるることなき身体湯浴みのさなかひそと笑まへり (yuifall)