「一首鑑賞」の注意書きです。
215.疲れると小銭が増えるお財布が奥底にある通勤かばん
(橋場悦子)
砂子屋書房「一首鑑賞」コーナーで山下翔が紹介していました。
あ、疲れてきたな、ってサインを感じることは誰にでもあると思うのですが、「小銭が増える」は今まで自分が感じたことのない視点だったので興味深く読みました。今ほとんど支払いに現金を使いませんが、キャッシュレス時代以前だって生きていて、でも「疲れると小銭が増える」って感じたことはなかった。きっと、おろそかになる領域の違いなんだと思います。だから自分には経験がないはずなのに、このいやーな感じの疲れ方がとても伝わってきて何だか気が重くなった。
ちょっとした小銭の支払いにもお札を出す感じ。どんどん財布がぱんぱんに膨れ上がってきて、余計に小銭を出すのが面倒になる。お財布をバッグに入れるとその重みで“奥底”まで沈んでしまい、次の支払いの時になかなか取り出せない。ごそごそしているうちに余計に疲れがたまる。バッグが重いから、歩いているだけで疲れてしまう。多分この“通勤かばん”の中身もごちゃごちゃで整理されてなくて重たそうな感じします。
この歌は2020年だそうですが、作者は現金払い派なのかな。鑑賞文には
キャッシュレスというものがずいぶん普及した世にあっては、いくぶん古めかしくも映る今日の一首である。
とありますが、思ったよりも最近の歌でした。別にこの作者をディスっているわけではなく、私は小銭ぱんぱんが嫌いだから電子マネーが普及してすぐキャッシュレス派になったことをなんか久々に思い出した。今では、どうしても現金しか使えない場所じゃなければ現金を使わないし、小銭はわりとすぐに募金箱に入れてしまう。それでもこの歌の意図はとても分かるし、つまりは“小銭”とかそういう目先の話じゃなくて、 “疲れた時により重くなり、更に負のフィードバックに入るきっかけ”をうまく象徴した歌だと感じました。
自分が疲れた時どうなるかって考えると、ピアスの穴が膿みます。だから、ああ、体調悪いな、って思う。身体症状が先行してしまうので、こういう心のちょっとしたサインみたいなものに気持ちを傾けたことがなかったです。これ読んで、「あるある」って感じたり、「自分はこうだな」って思ったりするんじゃないかなぁ。そういう話も読んだら面白いだろうな、と思った。鑑賞文にはそのあたり触れられていなくてちょっと残念でした。
両替にかかる料金押し付けるため募金箱に投げ込む小銭 (yuifall)