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「一首鑑賞」-192

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

192.書きかけの作文消している顔をクシャと原稿用紙に撮られる

 (中森さおり)

 

砂子屋書房「一首鑑賞」で永井祐が取り上げていました。

sunagoya.com

 この歌、歌そのものが面白かったのもあるんですが、永井祐の解説が好きでした。まず冒頭に、笹井宏之賞の選考委員をしていることと、その時にたくさんの歌を読んでもたくさんを落さなくてはならないことの「カルチャーショック」を書いています。なんかこういう感覚が、とても新鮮に感じました。そりゃ、たくさん読んでたくさん落すんだろうな、って思ってましたが、でも選考する側もそう思ってたんだ、ってちょっとびっくりした。

 

当たり前なのですが、作品が完全な形で掲載されたり、委員の評の言葉が載るものは本当にごくわずかで、それはショートケーキの上の苺よりももっと少ない割合なのであり、「もったいない」というと語弊がありますが、選ぶためにがんばって精読してるわりにアウトプットこれだけしか出せないんだ、という感覚が強くありました。

 

とあります。そして、最終選考に残った歌の中から一首ピックアップしてきたのが冒頭の歌、ということみたいです。

 

 原稿用紙、書きかけの作文、消している最中の「クシャ」という音がスマホとかで撮影した音に似ていて、自分の顔を撮られている、みたいな感覚なのかなって思いながら読みました。その「怖さ」みたいなことに関しては鑑賞文にすごく書かれていて興味深く読んだのですが、なんか薄ぼんやりと、この「原稿用紙」って何だろう、って思った。今、手書きで原稿用紙に作文書くことあるかなぁ。小学生~高校生くらいなんだろうか。それとも、私が知らないだけで未だに短歌賞とかって応募は原稿用紙に手書きなんですかね?「作文」だから違うのか。作文を鉛筆で原稿用紙に手書きする、っていう状況が思い浮かばなくて、やっぱり10代の歌なのかもしれないと思いました(実際のところは知りません)。

 これはどういう「顔」なんだろう。必死なの?投げやりなの?無防備な瞬間を切り取られる怖さ、みたいなものはあると思うけど、「書きかけの作文消している顔」っていう発想が非凡だなーと思いました。しかも撮るのが原稿用紙なわけだし。ぼーっとしてくだらないサイトとか見てる時にスマホのインカムで撮られる、みたいな平凡な発想とはわけが違います。穂村弘

 

駄目な詩をひとつ殺した消しゴムの滓がふわふわ動き出す夜 (穂村弘

 

この歌を連想しました。「作文」とか「詩」とかを手書きしている人は、そうでない人(私とか)からは決定的に生み出せない言葉を持っているのかもしれないと感じました。

 

 ところで

 

そういうわけで一首単位で面白かった歌、気になる歌など、言い出せばかなりたくさんあります。そんな中から選んで、少しこのページに書こうかと思います。

本当は応募作すべての中から選びたいのですが、フリーにやると問題あると思うので、いちおう最終選考候補作としての掲載作からやります。

 

とあり、初出に『ねむらない樹 vol.6』とある通り、これは掲載作品からの引用のようです。もちろん版権とか色々あるのは分かるのですが、掲載されないような、一連の作品としては初期の段階で落されてしまうような連作の中から一首気になったものを見せてもらえたら楽しいなーって思ってしまった。そういう採り方ってないんですかね?

 

 

とりあえずしてはみるけど 本当は僕の思考にすでに飽きてる (yuifall)