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「一首鑑賞」-136

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

136.この口は夏の蝉よりくりかえすどんなにあなたにみにくいだろう

 (今橋愛)

 

 砂子屋書房「一首鑑賞」で黒瀬珂瀾が取り上げていました。

sunagoya.com

 一読した時に意味が分からなかったのですが心惹かれて、鑑賞文を読んだら今橋愛の歌でした。今橋愛の短歌ってどんどんハマってくる感じします。

 ゆっくり読んだら意味が分かったのですが、恋人を繰り返し同じことで責めてしまう状況なのかなあと。もしかしたらこれは恋人の過去の何かを蒸し返しているのかもしれない。何度も何度も、「夏の蝉」よりもしつこく同じことで相手を責めちゃう。で、「どんなにあなたにみにくいだろう」と、自分のみにくさを自覚していながら止められないの。

 「あなたあの時〇〇だったわ」っていうのは、普通にぱっと思い浮かぶ男女感の長年の恨みとしては過去の浮気とか、妊娠出産関連で辛かったときに支えてくれなかったとかそういうことなんですが、「どんなにあなたにみにくいだろう」と感じるあたり、そういう致命的なことではない気がする。もっとどうでもいい些細なこと、自分のこだわりのことかもしれない。

 

 前にも書いたかもしれないのですが、昔、秋元康の『君が一番好きだった』という本を読んだことがあって、色々な女性たちとの恋愛を描いたオムニバス小説です。主人公の男性はいわゆる名無しというか顔なしの狂言回しで、「君はこんな人だった」という女性のエピソードが主体として描かれます。その中に『昨日のスポンジ』というエピソードがあって、めっちゃうろ覚えなんですが、主人公は彼女から別れを切り出されて、その時に「私が洗い物した後、スポンジに残った泡をあなたはいつも洗い流していたよね」みたいなこと言われるんですよね。洗い物終わった後に、スポンジの泡をそのままにするか、泡を全て洗い流すかっていう些細な感覚の違いが積み重なって…、っていう。このエピソードが記憶に残っていて。

 この今橋愛の短歌を読んで、だから浮気とか子育てしないとかそういうことじゃなく、「スポンジの泡流してよ」とかそういう些細なことを繰り返し繰り返し言っているうちに、だんだん自分自身がみにくく感じて耐えられなくなってくるということなのかなあと思ったんですよね。「どんなにあなたにみにくいだろう」って言ってるけど、実際相手がみにくいと思っているかどうかはこの際問題ではなくて、自分が「あなたの目にうつる自分はみにくい」って思ってる。夏の蝉を鬱陶しく感じれば感じるほど、夏の蝉よりも鬱陶しい自分が耐えられなくなる。

 多分、同じことをしてしまう(あるいは過去になにかをやらかした)恋人そのものよりも、同じことを恋人に言わされていると感じること、あるいは過去のやらかしを恋人に思い出させられること、それにもう耐えられなくて、「あなたが私を見る目」というフィルターそのものがもう歪んじゃってる感じ。

 これは、恋人が「君はみにくくなんてない」って言っても全然問題は解決しないので、もう絶望的だなと思いました。その絶望感をこの短い詩型で表現できるのがすごいですね。

 

 鑑賞文には「精緻な修辞技法に基づいた定型詩の追求」と、テクニック的な巧さを解説しています(リンク先をご参照ください)。そういうテクニック面での読みは苦手なので、読んでいて面白かったしとても参考になりました。

 

 

触れないままベランダは冬になる死んだ蝉より黙ったままで (yuifall)

 

 

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