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「一首鑑賞」-88

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

88.わたしの自転車だけ倒れてるのに似てたあなたを抱き起こす海のそこ

 (雪舟えま)

 

 砂子屋書房「一首鑑賞」で澤村斉美が紹介していた歌です。

sunagoya.com

 「一首鑑賞」コーナーはいつも目次だけざーっと眺めて楽しんでいて、その中で気になった歌をピックアップしてきているのですが、一度見て「あ、これいいな」って取り上げる歌と、何度も見ているうちに「やっぱりこれは取り上げたいな」って思う歌があって、これは後者です。最初から気にはなっていたのですが、見れば見るほど気になるというか。

 

 この歌の「あなた」は多分今みじめな状況にいるんだと思う。自分だけ試験に落ちたとか、仕事をクビになったとか、大勢の人の前で恥をかいたとか。そして「あなた」は「わたし」にとって大切な人で、「あなた」が傷つくと「わたし」も同じように苦しい。だから、「あなたが海のそこで倒れている」のは、「わたしの自転車だけが倒れている」のに似ている。そこにはたくさんの自転車があって、風も強くないのに、わたしの自転車だけが倒れてる、っていう、ちょっとみじめな感じ。

 多分、「わたし」はどこかで「あなた」をかわいそうだと思ってる。そして、「あなた」がかわいそうだと思われたくないのも分かってるんだと思う。自転車はすぐに「抱き起こせ」ます。でも、「あなた」はどうだろう。

 

 「倒れてるあなた」は「わたしの自転車だけ倒れてる」のに似てるのかもしれないけど、「あなたを抱き起こす」のは、「自転車を抱き起こす」ようにはできないのでは。おそらくですけど、この人は、「あなた」を「抱き起こし」続けてるんだと思う。辛い時期を支えてあげる、というか。それは否定しようもなく「あなた」が「わたし」のものだからです。「あなた」の痛みが「わたし」のものだから。

 その状況を、「自転車が倒れてるのに似てた」って、私なら言えないなって思う。それは自分の痛みをさらけ出すような行為だからです。だから、その比喩を持ってこられる感覚というか、その心の痛々しいほどの素直さ、強さをうらやましく感じます。

 

 雪舟えまの歌は、ほとんど『桜前線開架宣言』からしか知らないのですが、それなりに大変な人生を明るく優しい言葉で軽々と詠う人だという印象を受けました。難しい状況にあるであろう、「海のそこ」の「あなた」を、自転車を抱き起こすように抱き起こすことのできるこの人の強さを思います。

 

 

時だけがあなたの傷を癒すなら乙姫として恨まれましょう (yuifall)

 

 

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