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枡野浩一『ショートソング』 感想4

枡野浩一『ショートソング』 感想1

枡野浩一『ショートソング』 感想2

枡野浩一『ショートソング』 感想3

の続きです。

 

 作中の伊賀寛介と笹伊藤冬井の関係性もなんか複雑で面白くて、作中では伊賀は笹伊藤の作品を快く思っていないが、国友は笹伊藤の作品が好きで、伊賀が笹伊藤に嫉妬しているのだと理解している、という体で話が進行します。

 伊賀は枡野浩一自身のアバターに見えるような作りになっているし、笹伊藤は斉藤斎藤なのかなあ、やっぱり。ですが作中で笹伊藤の作品として提出されるのは笹井宏之の歌です。特に面白かったのが

 

それはもう「またね」も聞こえないくらい雨降ってます ドア閉まります

(笹伊藤冬井/笹井宏之)

 

を作中で引用しているのですが、この歌、笹井宏之が自分の作風を無視して枡野浩一の作風に合わせてまで枡野浩一の「かんたん短歌blog」に投稿した作品だ、と斉藤斎藤が批判した歌なんですよね。

 『人の道、死ぬと街』(斉藤斎藤)から引用しますが、

 

歌詠みが歌人となるためには、それなりに書けてしまう歌を、文体を、捨てる作業が必要だ。他人に書ける歌は他人にまかせ、自分がもっとも力を発揮できる文体とモチーフを突き詰めてゆくことで、ひとりの歌人が登場する。でも笹井さんは、新人賞に応募し、これから歌集をまとめようかという大事な時期に、ラジオやらブログやらへの投稿を続けていた。しかも、選者の好みや媒体の傾向に合わせ、作風を使い分けてまで。

(中略)

自覚がない、と思った。彼はもう選ばれる立場にはなく、自分で自分の歌を選び取るべきひとなのに。あんなに鮮やかな歌が詠めるくせに、どうしてそんな時間の無駄遣いをするのだろう?

 

このように強い言葉でこの歌を批判しています。一方、『ショートソング』内では伊賀はこの歌を含む連作を「ひどい」と評して雑誌を破り捨てますが、国友は「割と好き」と言っています。

 

 このあたり、現実の状況がどこまで染み込んでいるんだろうなあ、って考えちゃいますよね。私はこの「かんたん短歌blog」リアルタイムで知らないので、枡野浩一自身がこの笹井宏之の歌をどう評価していたのか知りません。それが分かっていたらこのシーンもっと面白かったんだろうな、と思います。

 

ちなみに『橄欖追放』の東郷雄二は斉藤斎藤を「ファンダメンタリスト原理主義者)」と評しています。

petalismos.net

(前略)斉藤は、「考えれば十センチ以上の生き物を殺していない我のてのひら」のような歌を作るくらいなら、ヴェジェタリアンになろうと考えたことはありませんか、と吉川(注;吉川宏志に問うたのである。

 吉川は返答に窮して一瞬口籠もった。その後も斉藤の問いかけを受けて議論を盛り上げようとはしなかった。斉藤の質問の真意を測りかねたのかもしれない。しかし私には斉藤の質問の意味がよくわかった。斉藤は吉川に向かって、「あなたは思想 (=言葉)と行動が一致していない。それでいいのか」と迫ったのである。(中略)

 私はこのやり取りを聞いて、ようやく今まで掴みかねていた斉藤斎藤の本質を垣間見た気がした。斉藤は原理主義者(ファンダメンタリスト)なのである。ここで言う原理主義とは、思想 (=言葉)と行動との完全な一致を個人のレベルにおいて厳格に要求する立場を言う。

 

 これは前回引用したTwitter上の枡野浩一の立場と大きく変わらないように感じます。そして枡野浩一は、『かんたん短歌の作り方』で

 

松木秀さん。教祖は言葉遊びが得意なので、言葉遊びを活かした歌には厳しいですよ。あなたの歌は、ひとつのアイデアだけで一首を押し切ろうとしていて、最後のツメが甘い。言葉をひとつも外すことができないくらい、全部を頑丈につくるように心がけてください。

それから以前ここで「一度まとまった量の作品を送ってみて」とお願いした岡田さおりさんから、手紙とたくさんの歌が届きました。……際立った個性はまだ見えない、というのが正直なところです。このくらいセンスのいい、気のきいた歌をつくる女性って、意外と多いんです。あなたにしかつくれない歌をつくるためには、ほかの人のつくった歌をたくさんたくさん読みこむといいかもしれません。

 

と書かれていて(松木秀投稿してたんだ!ってびっくりした)、斉藤斎藤が笹井宏之にした指摘と類似しているようにも感じられます。もしかすると一定以上のレベルの歌人に共通する感覚であってこの2人に固有のものではないのかもしれませんが、ここだけ抜き出すとこの2人の短歌に対するスタンスに大きな隔たりがあるような感じは受けません。

 

 ちなみに前回引用した対談でも分かる通り、枡野浩一は「斉藤斎藤」が本名ではなくて筆名だろう、なのになぜキャリアの途中から本名だと名乗り始めたのか、という批判をしているようなのですが、『ショートソング』内では自己の経歴を詐称して短歌賞に応募し賞を受けたという実際にあった出来事がデフォルメされた状態で描かれます。それに関しても、作中では肯定的・否定的いずれの立場も取っていないように思われました。

 

 次回で終わります。

枡野浩一『ショートソング』 感想5