いろいろ感想を書いてみるブログ

短歌と洋楽和訳メインのブログで、海外ドラマ感想もあります

枡野浩一『ショートソング』 感想5

枡野浩一『ショートソング』 感想1

枡野浩一『ショートソング』 感想2

枡野浩一『ショートソング』 感想3

枡野浩一『ショートソング』 感想4

 

の続きです。

 

 そういえば「賞に応募するか」問題に関しても、『ショートソング』内に面白いやり取りがありました。

 

「伊賀さんも応募すればいいのに、こずかた」(注;「こずかた」は作中の短歌賞の名前)

「んー。舞子は?」

「わたしはパス。身のほどを知ってるから。全然だめとも思ってないけど、一番には選ばれないよ、わたし」

 ……それはほんとうだと、俺は思った。そして一番に選ばれなくても、地味でよい歌というものは、あるのだ。

「わたしは『ばれん』にこつこつ歌を載せて、五百田先生に推薦文をもらえるくらいになったら、自費出版で歌集を出すの。それくらいでいい。卑下してるわけじゃないんだよ?」

「そうだな……。舞子はそれで歌集がきちんと評価されて、短歌専門誌に書評がたくさん出たりする……そんな歌人かもしれないな」

「みんなが伊賀寛介にはなれないし、ならなくてもいいと思うの」

(中略)

「きっと笹伊藤さんとかも応募するんじゃないかな」

「……それはないよ。あいつ金持ちだし。いまさら賞に応募して、落ちたら恥ずかしいし」

「…………」

 舞子が沈黙したことで、俺は自分の本心に気づいてしまった。

 俺は、恥を、かきたくないのだ。

 

 このやり取り、刺さりました。

 私はなんで賞に応募したくないんだろう、って自分で思ってたのですが、当然経歴も何もない私が「恥をかきたくない」というわけではなく、「一番には選ばれないのを分かっている」からです。多分、どの賞に何度出しても、一番にはならないと思う。だけど作中の舞子みたいに、「こつこつ歌を作り続けて歌集を出す」と言う選択肢もあるのかぁ、って初めて気づきました。どこか結社に所属して。そういうのもいいのかもしれない。今まで自分の歌は別に読まれなくてもいいって思っていたのですが、どこかで添削してもらえたらそういうのもいいのかもなぁ、って。

 

 軽いノリの小説なんですけど、色々考えさせられる本で面白かったです。読みやすいのでぜひ。

 

 ちなみに漫画版の方がなぜか女子キャラが魅力的に感じました。ビジュアルの力って侮れませんね。瞳が巨乳で舞子はキラキラ系でした。まあ、都合のいい女であることには変わりないんですが…。あと笹伊藤がいけすかないイケメンで笑った。うっかり萌えたわ。やっぱ男性キャラが生き生きしてますね、この話は。

 

 それにしても、最初にこの本読んだのいつだったか全く記憶にないんですけど、その時すでに笹井宏之や宇都宮敦の歌に出会っていたのか、と思ってちょっとショックでした。『ショートソング』を読んだことも面白かったことも覚えていたのに、個々の歌は全く記憶になかったんですよね…。完全に散文として読んでいたんだな、と思い、人間は見たいものしか見ないのだということを改めて思い知らされたような感じがします。

 

 

 最後に好きだった短歌をいくつか載せておきます。(すでにブログに載せたことのあるやつは除く)

 

百錠は飲み過ぎだった 痛いのを我慢できないあなたにしても

(須之内舞子/佐藤真由美

 

遠くから手を振ったんだ笑ったんだ 涙に色がなくてよかった

(佐々木瞳/柳澤真実)

 

恋人はいてもいなくてもいいけれどあなたはここにいたほうがいい

(国友克夫/is)

 

真夜中の電話に出ると「もうぼくをさがさないで」とウォーリーの声

(伊賀寛介/枡野浩一

 

わたしクラスで最初にピアスあけたんだ 君の昔話にゆれる野あざみ

(伊賀寛介/宇都宮敦)

 

遠くまで行く必要はなくなった 遠くに行ける そんな気がした

(伊賀寛介/宇都宮敦)

 

だいじょうぶ 急ぐ旅ではないのだし 急いでないし 旅でもないし

(伊賀寛介/宇都宮敦)