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「一首鑑賞」-20

「一首鑑賞」の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

20.あなただけ方舟に乗せられたなら何度も何度も手を振るからね

 (馬場めぐみ)

 

 砂子屋書房の「一首鑑賞」で吉田隼人が紹介していた歌です。

sunagoya.com

 これを読んで川島誠の『電話がなっている』を思い出しました。前に桜前線開架宣言の山崎聡子の感想にも書いたのですが、小学生の時読んだ、『誰かを好きになった日に読む本』というアンソロジー本に載っていた短編小説です。あまりのトラウマで忘れられず大人になってから探して読み直したのですが、恋人と肉体的に結ばれるシーンなどもあり、多分アンソロジー本ではそのあたりは省略されていたのかもしれません。

 

 この歌では、「電話をならす」方の立場から詠われています。この人の心は安らかなのではないかな。愛する人が取り残されるのを見るよりも、選ばれて去るのを見守った方がずっといい。

 吉田隼人はこれに対し、

 

受賞後第一作のこの歌に切実に引きつけられたのは、自分もそのころ似たような経験をしていたからか。

 

と書いています。

 歌集『忘却のための試論』には恋人の自死に関する歌が含まれているそうですが(一部をアンソロジーで読んだに過ぎないのですが)、これが事実であるとすれば、この経験についてを述べているのでしょうか。彼女は「手を振って」、方舟に乗る恋人を見送ったのだと。自分は手を振られて見送られた方なのだと。

 最後にこうも書いています。

 

一首としては取り残される側が主体になっているので「その後」がないが、方舟に乗せられた「あなた」には、何度も何度も手を振ったそのひとを喪ったあとの日々がある。

 

 喪ったあとの日々を生きる方がつらい、どうしても、そう思ってしまう。もし私が方舟に乗せられた方だったら手を振り返せるとは思えないし、それどころか、その場にいることすら耐えられないかもしれない。

 たとえいつか痛みは薄れるとしても、何十年も経っても、不意に生々しくよみがえることがあると思う。もしこれが現実であれば、いつまでも「手を振って」くれた人を思って生きることだってできます。でも「あなた」が乗ったのが「方舟」である以上、生きて誰かと結ばれて子孫を残さなければならないのでしょう。

 

 さて、ここまで「あなた」は恋人であると考えて疑わず読んできたのですが、「方舟」に乗るのってどんな人だろうなってふと考えたんですよね。洪水は40日間続いて150日ほど水は地を覆い尽くしていたそうで、それから40日後に鳩を飛ばしてどうこうって話だったから、まあ落ち着いて繁殖とかできるのがおよそ1年後だとして、そしたらもっと、自分が想定していたよりも幼い子供が乗せられたのかもしれないなって思った。そう考えたら、手を振ったのは親かもなって思ったりもしました。我が子が助かったのだから、喜びで何度も手を振っただろう。

 まあ、「あなただけ」という言い方には親子という感じはしないので、恋人として読むのが適切かなとは思うのですが。多分10代の恋人なんだと思いました。16歳~18歳くらいの。

 

 

屋上で君は笑った 崩れてくビル その後の街を、私は (yuifall)