山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。
久山倫代
思い出す語彙集ぶれば友情に紛れて若干陽性の愛
お医者さんなのだそうで、医学生時代からの歌が引用されてます。「陽性の愛」というのも、作者の背景を知らなければ「明るい恋」みたいな意味かと思ってしまいますが、この文脈では (+/-) の (+) 判定、という意味合いですよね。PCRをかけてて、友情(陰性)に紛れて彼の検体だけが愛(陽性)を示す、みたいな。
この「思い出す語彙」は誰の語彙なんだろうか。自分が好きな人にかけた言葉を思い出して、「ああ、あれは友情の範疇を超えていたな」って思い返しているのか、それとも誰かが自分にかけてくれた言葉で、「もしかして彼は私のことを好きなのかな」って思っているのか、それとも第三者から第三者への言葉をふと「あれ、あの人は彼女(あるいは彼)のことが好きなのかな」って思ってるのか。なんにせよ、面白い表現だなと思いました。
そういえばpositiveはnegativeの対義語で通常「ポジティブな人」みたいなプラスの意味合いで使われていたのに、コロナ禍で「陽性」という意味で使われることが増えて「ネガティブな」イメージになっているそうで面白いなと思いました。言葉って、思いもよらないところで意味合いや読まれ方が変わったりするんですね。
君が行く険しき道の一点に医師我がいて刺青を削る
これも面白いです。この人は皮膚科医みたいなので、おそらく若いころにやんちゃした人かもしくは極道稼業を引退した人が刺青を消しに訪れたということなんでしょうが、この「誰かの人生と自分の人生が交わる瞬間」みたいな捉え方が好きだなと思いました。
恋愛とか友情だとある程度の時間が重なるわけですけど、おそらくこの人と刺青の主とは人生で重なり合う瞬間がほとんどなくて(一方は医者で、一方はヤクザ的な感じなわけですし)、それが「刺青を削る」一点で交わる、っていうのが面白いなと思います。
あと、この歌の主人公が「我」ではなくて「君」なのもまた好きです。「険しき道」の一言に、もし患者さんの人生を小説にしたら(すごく月並みな発想だけど)、
恵まれない子供時代
→不良時代
→地元の悪と縁を切れず極道?半グレ?の道へ(この間どこかで刺青を入れる)
→何らかの理由で更生を決意
→刺青を削る(今ここ)
→おそらくそんなに簡単に就職して悪い仲間と縁を切って更生して、とはいかないかもしれないけどがんばってほしい…
みたいな思いを感じて、いいなって思います。
おとせるかおとせるか君わが胸の水平線を言いあててみよ
これ、ちょっと気になったのですが、永田和宏の
駆けてくる髪の速度を受けとめてわが胸青き地平をなせり
あの胸が岬のように遠かった。畜生! いつまでおれの少年
とか、岡井隆の
こころみにお前と呼ばばおどろくかおどろくか否おどろくか否
を受けての本歌取り的な短歌なのかなぁ。それとも何となく言葉が似てるだけで関係ないのかな。
外科医から君がひらりと休日の青年になる青い自転車
なんかも、面白いなって思います。特定の職業詠って面白いですよね。
くりかえすきみの温度にしきい値を越えて増幅するか、あるいは (yuifall)