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小林恭二 『短歌パラダイス』感想 2-2「オランウータン」

『短歌パラダイス』感想の注意書きおよび歌合一日目、二日目のルールはこちらです。

yuifall.hatenablog.com

 第二戦は「オランウータン」です。すごい題!こういうの出されちゃうのかぁ、題詠って大変ですね。。

 

乳のむと胸にすがれる太郎次郎(たろじろう)オランウータンの母はいとしむ (一郎次郎)

おまえだよ オ・ラ・ン・ウ・ー・タ・ン七つぶん階段のぼってうしろを見るな (七福猫)

急行を待つ行列のうしろでは「オランウータン食べられますか」 (ぐるぐる)

 

 

乳のむと胸にすがれる太郎次郎(たろじろう)オランウータンの母はいとしむ (一郎次郎)

 「一郎次郎」の歌は、多分そのまんまだと思います。動物園か何かでオランウータンの子供に「太郎」と「次郎」と名前を付けていて、オランウータンの母親が授乳している、と。

 ですが、すごく気になって調べたら(全てWikipedia情報ですので間違っていたらすみません。ちゃんとした知識が必要な場合はそれなりの文献にあたってください)、オランウータンの1回に産まれる幼獣の数は1頭で双子の報告はほとんどない、とのこと。また、授乳期間は3年で、出産間隔は通常6年、短くても3年、とのことなので、おそらく前の子の授乳を終えてからの出産であると思われます。時間差で生まれた兄弟に同時に授乳しているとも考えにくいです。

 つまり、「太郎次郎」を胸に抱くオランウータンの母は超レアじゃないですか??これ、もしかしたら「母」はオランウータンじゃないのかもしれない、と思いました。太郎と次郎はそれぞれ別のオランウータンの赤ちゃんで、動物園の人(人間)が授乳している体で胸に抱っこしてミルクを与えているのでは?と。だけど、そうだったら2頭同時にしないか…。やっぱり双子の赤ちゃんなのか。

 まあそんな生物学的知識は無視して虚心に読むべきなのでしょうが、虚心に読んだ場合「母の愛」以上のものが読み取れず、他の人の解釈が知りたい…。

 これに関しては小林恭二も「そのまんま」以上のことはあまり論じていませんし、他の歌人からのコメントも記載がないので分からず。。

 

 

おまえだよ オ・ラ・ン・ウ・ー・タ・ン七つぶん階段のぼってうしろを見るな (七福猫)

 「七福猫」の歌は、多分子供の頃多くの人が遊んだ「グリコ」「チヨコレイト」「パイナツプル」の遊びですよね。この遊びではじゃんけんで勝った人が先に進めるのですが、この歌では「おまえだよ」と指名されています。しかも「オランウータン」は何の手を出せばそれになるのか分からず、階段をのぼった後で「うしろを見るな」と言われています。怖い。怪談的怖さですね。

 この歌については味方チームの河野裕子が、イザナギイザナミの話にあるように、うしろは怖いもの。だから「うしろを見るな」は説得力がある。一方で「おまえだよ」と見るのをせかしているようなところもある。その禁止しながらせかすという感じが、怖さを増している、と指摘しています。

 

 

急行を待つ行列のうしろでは「オランウータン食べられますか」 (ぐるぐる)

 「ぐるぐる」の歌のインパクトすごいですね。まず「急行を待つ行列」なんだから、朝の通勤ラッシュとかでとにかく殺気立った様子がイメージされるのですが、(とりあえず「オランウータン」は置いておいたとしても)「〇〇食べられますか?」っていうのを駅構内で聞くとしたらなんとなく新幹線のホームとか、とにかく飲食に抵抗感の少ない車両に乗り込むこと(しかも時間的余裕があること)が連想され、一体誰が急行を待つ行列のうしろで何かを食べられるかどうか気にするんだろう、という異世界感がひとつ。で、その「〇〇」が「オランウータン」っていう怖さがもうひとつ。

 だってオランウータンって人間っぽいじゃないですか…。「人間食べられますか」だと逆に通俗感が強く出てしまうのですが(食べられなくはないことはすでに分かっていますしね…)、「オランウータン食べられますか」は、確かに食べられるのだろうか?という思いもふとわきあがってしまい、どきっとします。

 多分、人とすれ違う時会話の断片だけを聞いてしまったときの宙吊り感、あの会話って本当に存在したんだろうか、ってなる、自分だけがエアポケットの中にいるような感じ、その感覚がうまく捕まっていてすごいなと思いました。

 

 

 これは「ぐるぐる」の勝ちだろうと思っていたら、判者高橋睦郎に「猿を食べる人びと」という作品があるらしく、それに比べると陳腐である、という理由で落とされていました。確かにググってみると1988年4月号の「季刊 花神」の目次に「第18回高見順賞・高橋睦郎:詩集「兎の庭」猿を食う人びと/Stylophilieまたは快楽の練習」とあります。一体どんな詩なのか気になりますね。

 ちなみに「七福猫」の歌に対しては「オ・ラ・ン・ウ・ー・タ・ン」は七文字ではなく「オ・ラン・ウー・タン」の四音だろう、という指摘がありましたが、「グリコ」の遊びで「パイナップル」と「チョコレート」が六音なんだから、「オランウータン」はやっぱり七音だろうと思います。

 「一郎次郎」は小池光、「七福猫」は東直子、「ぐるぐる」は大滝和子でした。

 

 

十日後に殺むるオランウータンの凪のひとみに揺るる毒薬 (yuifall)