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現代歌人ファイル その124-相良宏 感想

山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

相良宏 

bokutachi.hatenadiary.jp

うつつなく聞きゐし遠きひぐらしの声は窓べのこほろぎとなる

 

 この人は1925年生まれで、1955年に結核で亡くなられているそうです。30歳という若さです。歌は

 

 戦後の代表的な病床詠歌人である。ベッドを中心にした小世界のみで作品が完結しており、描かれる領域はとてつもなく狭い。

 

と解説されており、ベッドの上から見る世界です。病んで寝ている時間にこれほどの歌を生み出す思考力というか、その生きざまに胸を打たれました。なんというか、想像力っていうのとも違うんですよね。この人の歌をよく知っているわけではないのですが、ここで紹介されている歌は全部本当に自分の病床から見た世界で、別に想像だけどこかへ行っているとかそういう幻想的な感じではないです。ただ病んで寝ている、それをありのままに歌っていくっていうこと、その芯の強さがちょっと怖いくらいな気がしました。

 

 病床詠というと正岡子規がイメージされますが、

 

しかし相良が子規と決定的に異なっていた点は、相聞というかたちで〈私〉以上に他者たる〈君〉を描き出そうとしていたことだろう。

 

とあり、多数の相聞歌が引用されています。登場するのは「稚き巻髪」「スカート」「白きブラウス」の「君」です。

 

わが坐るベッドを撫づる長き指告げ給ふ勿れ過ぎにしことは

 

指白くドアの把手をまさぐれば美しければ虚偽多きかな君も

 

この歌からはどんな女性なのかよく分からないのですが、「相病みて」「咳込む」とあるので多分同じく結核サナトリウムか何かにいる人なのかな。自分のベッドに座って話しているような描写もあり、この時代に男女がその距離でそばにいるっていったら恋人同士だったのかな、と思ったのですが、

 

告白を拒むがごとき明るさに頬震へつつ我のまむかふ

 

って歌なんか見ると恋人と言える関係ではなかったのかな、という気もします。

 

華やかに振舞ふ君を憎めども声すればはかなく動悸してゐつ

 

 これも、「華やかな君」は、手の届かない女性とも読めるし、同じ病気にも関わらず自分より元気な彼女とも読める。自分が病んでいる間に華やかに振舞う彼女を憎みながらも恋している、この「はかなく動悸してゐつ」が読んでいてとても切ないです。言葉の美しさも、状況も、全てが切ない。

 解説に

 

相良にとっては自らの余命よりも愛する人の余命の方がはるかに大きな問題だったのだろう。そういった点で、相良は自我の過剰さから遠い存在だった。相良の真っ白に澄み切った世界観。それは〈君〉なしでは存在しえないものだった。

 

とありました。それは正岡子規の病床詠「自我の世界」と対比する形で文学的に論じられるべきなんでしょうし、それもとても興味深いのですが、私はごく単純に、彼女はこの人よりも長く生きたんだろうか、亡くなった時少しは泣いてくれたんだろうか、そんなことを考えました。

 

 

カーテンの影うつろうを見届けるだけ さよならをあなたは笑う (yuifall)