「一首鑑賞」の注意書きです。
140.寝室に行けばわれよりも早く来てベッドに待てる月光に触る
(伊藤一彦)
伊藤一彦の短歌と初めて出会ったのは、俵万智の『あなたと読む恋の歌百首』で、その時引用されていたのが
妻とゐて妻恋ふるこころをぐらしや雨しぶき降るみなづきの夜
でした。冒頭の歌を読んだ時、なぜかこの歌を思い出しました。
ベッドに誰か女性や人間がいることは全く描写されていないにも関わらず、ベッドに待っている「月光」は女性なのではないかと強烈に想起させる歌です。というか、初読では普通に女性がいた、と誤読していて、あとからよく読んで「あれ、女性はいないな。月だけだわ」となりました。おそらく「妻恋ふるこころ」の歌が重なったために、「妻」が月光を浴びてそこにいたような錯覚を起こしていました。
鑑賞文にも
大人のエロティックさ、というのはこういう歌を指すのだろう。もちろん、歌中にいるのは、〈私〉ひとりきり。そういう意味では孤独な歌だ。だが、孤独だからこそ、空間にみなぎるエロスの気韻に気付くことが出来る。窓からしなやかにベッドにそそぐ月光は、かそかな吐息を思わせ、また、幻の女体を思わせる。まさに月光に濡れた空間だ。
こうあります。
歌の「読み」は元のページがほとんど完璧なので私がここにあれこれ書いてもそれをなぞるだけになってしまいそうな感じがしますが、寝室に足を踏み入れてベッドに差し込む月の光を見たときの「ベッドに待てる」という描写、最後「月光と寝る」ではなくて「月光に触る」という表現、どれも非凡で驚かされます。きっとカーテンを閉めずに眠ったに違いありません。
難しい言葉は一つも使っていないのに、表現次第で言葉はこれほど詩的になり得るし、人にまざまざと幻覚を見せられるのかと思いました。
ここは夜一級遮光カーテンの裏であなたに舌をさしだす (yuifall)