山田航 「現代歌人ファイル」 感想の注意書きです。
松平修文
黒きバス森に着き窓をいつせいに開けて夥しき鴉を放つ
この歌、多分普通に読めば不気味系なんでしょうけど、『いろいろバス』というtupera tuperaの絵本をとっさに思いだしてしまい、ちょっとなごんだ。黒いバスからはくじらが降りてかげが「ひっそり」乗るんだよ。蝙蝠、ピアノ、ペンギン、カブトムシ、魔法使い、シルクハットとかも黒のバスに乗ってました。
絵本って何気にちょっと怖いですよね。子供のころ『おしいれのぼうけん』(古田足日、田畑精一)という絵本が怖くて、最後の「あせもができていた」というシーンから、「あせも」ってずっとやばい病気だと思ってたわ(笑)。真実を知った時は拍子抜けしました…。そして「からす」に「鴉」という漢字を使われると『幽☆遊☆白書 』(冨樫義博)を連想してしまう。オタクだから。
眼のない鳥や眼のない魚や眼のない少女が棲むその街は、夜だけの街
こういうのって何からの連想なのかなー。あまり怪奇系の本って読まないので馴染みがない世界ですね。本業日本画家の人みたいで、江戸時代とかの幽霊の絵みたいなやつを想像しました。あの、京極夏彦の本の表紙みたいな…。あれは妖怪か…。というより、あれかも。人が腐ってく絵のやつ。九相図だな。あとは地獄絵図かな。
その頃って普通に道端に死体とかあったんだろうなー。梅毒とか皮膚病とかすごそうだし、ああいう絵ってリアルだったんじゃないかなという気がします。
こういう「暗黒の美学」(解説より)みたいな歌がある一方で、
街灯が暗すぎるよね いつまでも佇つてゐてまた「さやうなら」と言ふ
なんてちょっとかわいいです。先入観があるからか、「さやうなら」と言うのは地縛霊なんじゃないかなという気さえするよね(笑)。暗い街灯の下にずっといて、通り過ぎるたびに「さやうなら」って言ってくれるの。柳の下みたいな。
眼の昏き人魚を檻に腐らせて街はいつでも泥濘んでいる (yuifall)