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桜前線開架宣言-吉田隼人 感想2

左右社 出版 山田航編著 「桜前線開架宣言 Born after 1970 現代短歌日本代表」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

吉田隼人

 

 この人の歌を読んでいると、海外ドラマ見ていて、その時代の空気感とかその国の文化的背景が分からないからキャラクターの心情を完全には理解できていないな、って思う時の焦燥を思い出します。この人の背景にある思想は自分とは異なりすぎていて、これらの作品群を理解することは難しいなと思います。でも、どうしてそう感じるかっていうと、多分理解したいんだろうな、私は。別に分からなくてもいいと思ってたらここまで考えないもん。分からなくても分からないまま好きな作品はたくさんあるし。

 

おしばなの栞のやうなきみの死に(嘘だ)何度もたちかへる夏

 

 これらの作品群は「自殺した恋人」がモチーフのようです。これって現実なのかなぁ、それとも架空の出来事なんだろうか。

 

いくたびか掴みし乳房うづもるるほど投げ入れよしらぎくのはな

 

棺にさへ入れてしまへば死のときは交接ふ(まぐはふ)ときとおなじ体位で

 

これなんて、解説には

 

恋人の死を前にしながら真っ先にセックスの記憶を反芻しているというのが、とても人間くさい。

 

とあるのですが、よく考えてみると一体どんな体位なんだろうか?棺に入る時って仰向けで脚を閉じて真っすぐじゃないですか?それでセックスの時と同じ体位って発想になりますかね。死後硬直でなんか変なふうに固まっちゃってんのかな、とか思ったんですけど、そしたら一体死因は何なんだろうか。「みあぐれば硝子天井」だし「交接ふときとおなじ体位で」棺に入れるのだから、飛び降りとか鉄道飛び込みみたいなぐちゃぐちゃ系ではなさそうです。一般的に自死と考えると首吊りか薬物多量摂取か自傷かな。ただ単に横たわっている=セックス、みたいな連想なの?

 これは、なんというか「人間くさい」というよりも、わざと露悪的というか偽悪的に振舞っているような痛々しさを感じます。歌集タイトルの『忘却のための試論』からも、恋人の自死という事実からくる衝撃を忘却するために、死とエロスを結び付けているように感じます。

 本当は棺の中の恋人を見て、セックスなんて連想しなかったんじゃないかなぁ。私はですけど、これらの歌にあんまそういう不謹慎な生々しさを感じられないんですよね。やっぱり自死ってなると、家族や恋人や友人など親しい人ほど自分を責めるだろうし、この人も露悪的に振舞うことで誰かに責められたかったんじゃないかと感じました。

 おそらく、葬儀に参列するということは真剣な間柄の恋人だったんだと思うんです。となると、その場にいて彼女と「乳房を掴む」「交接ふ」、という関係性にあったのは自分だけだったんだろうし、それなのになぜ死なせてしまったんだろう、という苦しさが伝わってくるような気がして。もしくは、この場にいても血族でも姻族でもない自分にはセックスの思い出しか彼女との確かな絆がない、という呆然としたような感覚が呼び起されます。

 こういう読み方ってロマンチックすぎるでしょうか?でも、本当にセックスのこと考えてたらこういう歌は生まれないんじゃないかって気がするんだよな、逆説的ですが。

 

 この人は『忘却のための試論』で角川短歌賞をとっているのですが、この時の選考で永田和宏は難色を示したようです。

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永田は上に引いた六首目「棺にさへ」に強い拒否感を示し、「言わないで言えることがある。ここまで言ったらお終いだよという気がぼくはする」と述べている。永田は角川短歌賞の授賞式のスピーチでもこの点に触れ、「この作者には過剰なところがある」と苦言を呈したらしい。

 

とあります。この気持ちも分かるんだよな。永田和宏は乳癌で奥様を亡くしているから、葬儀の場で「乳房を掴む」「交接ふ」みたいな言葉を使うことには激しい嫌悪感があるだろうと想像します。でもやっぱり長年連れ添った妻と恋人、もしくは病死と自死では、その後の折り合いの付け方というか向き合い方が変わってしまうのは仕方ないような気もします。

 

 しかし自死した恋人っていうと桐野夏生の小説を思い出すな。『顔に降りかかる雨』とか、『ローズガーデン』とか。

 

 

誰が為の作品たらむ椅子を蹴るまへにラメ入りマスカラすれば (yuifall)

肉色の疵口に突き立ててやるめちやくちやにして欲しいつて云へよ (yuifall)

 

 

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