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短歌タイムカプセル-加藤治郎 感想

書肆侃侃房 出版 東直子佐藤弓生・千葉聡編著 「短歌タイムカプセル」 感想の注意書きです。

yuifall.hatenablog.com

 加藤治郎

 

鋭い声にすこし驚く きみが上になるとき風にもまれゆく楡

もうゆりの花びんをもとにもどしてるあんな表情を見せたくせに

 

 以前にあげた、岡崎由美子のセックスの歌と比べるとロマンス系統で生々しさがない気がするのは、自分の肉体ではなくて相手の肉体だからなのかもなぁ。女性は自分の肉体のことだから生々しくて、男性は相手(異性)の肉体のことだから理想化されているのかしら。

 まあどちらにせよ、男性が男性自身の肉体について語ったところで私にはその生々しさが分からんし、女性の肉体については多分理想化されていたり逆に忌避されていたりする面があるだろうし、私自身の、男性が詠むセックスの歌に関する捉え方が女性のものと違っているのは仕方ないのかなーって感じがします。

 

 アンソロジーで紹介されているこの人の青春って感じの歌、どれもケミカルウォッシュ時代の青春感が漂っていて好きなのですが(とはいえ、書肆侃侃房出版の『ねむらない樹 別冊 現代短歌のニューウェーブとは何か?』ってムック本で永井祐に「口語が不自然だし謎のヤングアメリカンみたいな人が登場する」みたいなこと言われてて笑った)、一方で

 

にぎやかに釜飯の鶏ゑゑゑゑゑゑゑゑゑひどい戦争だった

 

という歌も有名ですよね。得体のしれない不気味さを感じさせます。鶏の鳴き声みたいにも聞こえるし、「ゑ」という文字が鶏肉の塊そのものにも見えます。

 この人のいわゆる「前衛作品」はなんとなくそういう、ぱっと見のヴィジュアルに訴えてくる点で新しかったのかなーって思いました。「言葉ではない!」の歌なんて引用しようかなーって思ったんですが横書きだといまいちな気がするので縦書き書籍でぜひご覧ください(笑)。

 

 なんか改行に徹底的にこだわるという京極夏彦の話を思い出しました。文字のヴィジュアル大事にする人って料理の盛り付けとかもこだわりそうだなー。私は横書きが好きで、縦だと嫌ですね。本当は日本語って縦書きがデフォルトなんでしょうが、横書きの形式で読まれたいと思って文章を書いています。

 しかしこの戦争の歌、私には難解すぎて全然解釈できませんね。。肉の塊を食べ物の中に見ながら「ひどい戦争だった」という呟きはどういう意味なんだろう。絞め殺して「ゑゑゑゑゑゑゑゑゑ」って鳴いて死んだ鶏を解体して釜飯に入れて炊きあがった釜の蓋を開けてご飯の中に点在する肉の塊を眺めながら「ひどい戦争だった」みたいな感じなのかなぁ?

 この「戦争」とは何なのか?上記のムック本によれば、湾岸戦争をテーマにした歌らしいので、戦争の非当事者としてTVとか見てて、ご飯が炊きあがったからぶちんってTV消して、「あーひどい戦争だった」って言いながら肉食ってるみたいな感じなんでしょうか。ていうかその場合の非当事者感からすると、鶏を殺したのも自分ではないのかなって気がする。殺して解体するプロセスはどこか知らない場所で起こってて、自分はパック詰めされた肉を買いながら「ゑゑゑゑゑゑゑゑゑ」って鳴き声や鶏だったものの形態というかそういうものをどこか遠くで弄んでいるって感じがします。

 なんにせよ、一度見たら忘れられない系の歌です。というかもはやもうそういう、出オチ的な読み方でもいいんじゃないかって勝手に思ってます。うわっ!!みたいな(笑)。

 

 

椎骨を頸から腰まで辿るときへこむところであなたが呻く (yuifall)

文字だけを持ってて傷は概念で開ければ脳がぐしゃっと落ちる (yuifall)

 

 

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