2024年7月3-9日
・ジョーゼフ・ヘラー(飛田茂雄訳)『キャッチ=22』上下
・フランシス・ハーディング(児玉敦子訳)『カッコーの歌』
・アーネスト・ヘミングウェイ(野崎孝訳)『老人と海』
以下コメント・ネタバレあり
・ジョーゼフ・ヘラー(飛田茂雄訳)『キャッチ=22』上下
第二次世界大戦を舞台にした不条理小説です。『アイシールド21』の後に読んだからなのか自分の頭が疲れているからなのか読み切るのに4日かかったし、面白かったけどとても疲れました…。感想を書く気力もない。解説で詳しく説明されているので、まあそんな感じです。ぐっと来た部分を引用しときます。
子供たちのすべてを危険に陥れようとしているこの伝承的な習慣のいまわしい鎖を、だれかがいつか立って断ち切ろうとしなければならない。アフリカのいくつかの地方では、いまでも幼い男の子たちがおとなの奴隷売買業者どもによって盗まれ、その子たちの腹を割いて食う連中に売られている。ヨッサリアンは、子供たちが、不安や苦痛の気配をいささかも表に示すことなく、そんな野蛮さの犠牲になり得ることを考えて驚嘆した。そういう子供たちはきわめてストイックに耐え従っているにちがいない、と彼は思った。さもなければ、彼の推論では、そういうひどい習慣はもちろん絶滅するはずであった。なぜなら、富や不死に対するいかなる渇望も、子供たちの悲しみを文字通り食いものにしてはばからぬほど大きいとは思われなかったからである。
なんといやらしい世の中だろう。彼はこの同じ晩に、繁栄を誇る自分の祖国においてさえ、どれだけの人々が窮乏に苦しんでいるだろう、どれだけの人々が掘っ立て小屋に住んでいるだろう、どれだけの夫が酔っぱらい、どれだけの妻がぶん殴られ、どれだけの子供たちがおどかされ、虐待され、捨てられているだろう、と考えた。どれだけの家族が、とても買う余裕のない食べものを飢え求めていることだろう。どれだけの心臓が破られていることだろう。この同じ晩にどれだけの人々が自殺を遂げ、どれだけの人々が発狂していることだろう。どれだけの悪徳商人や家主どもが勝利をおさめているだろう。どれだけの勝利者が実は敗者であり、成功者が失敗者であり、金持ちが貧乏人なのであろうか。どれだけの知ったかぶり屋がまぬけ野郎であろうか。どれだけの幸福な結末が不幸な結末なのだろうか。どれだけの正直者が嘘つきであり、勇者が臆病者であり、忠誠な人間が反逆者なのであろうか。どれだけの聖人ぶった人々が堕落しており、信用のおける地位にあるどれだけの人々が、わずかばかりの現ナマのために彼らの魂を悪党どもに売ったであろうか。どれだけのまっすぐで狭い道が曲がりくねった道なのだろうか。どれだけの最良の家庭が最悪の家庭であり、どれだけの善人が悪人なのであろうか。これらすべてを足したり引いたりすると、残るのは子供たちだけ、それにまあアルバート・アインシュタインと、どこかの老ヴァイオリニストか彫刻家だけということになるだろう。
「さむいよ」とスノードンが哀れっぽい泣き声で言った。「さむいよ」
「よしよし」と、ヨッサリアンは聞きとれないくらい低い声で機械的につぶやいた。「よしよし」
ヨッサリアンも寒く、どうしても震えが止まらなかった。彼はスノードンが醜くよごれきった床の上一面にまき散らしたすさまじい秘密を絶望的な気持ちで見つめながら、全身に鳥肌が立つのを覚えた。彼の内臓のメッセージを読みとるのはたやすいことだった。人間は物質だ――それがスノードンの秘密だった。窓から放り出してみろ、人間は落ちる。火をつけてみろ、人間は焼ける。土に埋めてみろ、人間は腐る――他のあらゆる台所屑と同じように。精神が消えてなくなってしまえば、人間は台所屑だ。それがスノードンの秘密であった。精神の充実のみがすべてであった。
まあ、精神の充実のみがすべてとは思いませんが、戦争を経験した人のリアルな言葉として重く受け止めておく。
何か今読書に向いていないコンディションなので、ペース落とします。
・フランシス・ハーディング(児玉敦子訳)『カッコーの歌』
最初ホラーかなぁ、失敗したなぁ、と思いながら読み進めていったのですが、主人公の正体発覚&妹が仲間に、のタイミングくらいからファンタジー寄りになり、とても読みやすく面白かったです。一種のジュブナイルなのかもしれませんが大人も童心に戻って楽しめるエンタメだと思います。
6巻出たので4巻から読み直した。相変わらず事件に巻き込まれまくりの人たちですね。アメリカが舞台のシーズンに突入し、会話が英語ということを表現するため台詞がずっと横書きなので読みづらいです。いつもweb小説やブログ横書きで読んでるのに本だと読みづらいの不思議…。この人たち最後くっつくのかな、それともブロマンス止まりなんだろうか、と思いつつ6巻まで来ました。『さんかく窓の外側は夜』(ヤマシタトモコ)みたいな感じのどっちつかずエンドだろうか。
・アーネスト・ヘミングウェイ(野崎孝訳)『老人と海』
読んだことなかったので読んでみた。魚との死闘のシーンがとても長くて、この人相打ちで死ぬんじゃないかとずっと思いながら読んでいたので、最後帰って来られてほっとしました。私はあれが虚しい結末だったとは思いません。別に「生きて帰ったからそれでいい」とか言いたいわけじゃなく、獲った魚に身があって売れるとか自慢できるとかそういう問題ではないのだと思うから。他にもライオンの夢のことや少年との友情など色々あるし色んなメタファーなんかも散りばめられてるんだろうなとは思いましたが、その辺は深く考えず読みました。それにしても情景描写がすごかったが、そういうの読むのも書くのもとても苦手…。せめて読む訓練はしたいところ。