いろいろ感想を書いてみるブログ

短歌と洋楽和訳メインのブログで、海外ドラマ感想もあります

読書日記 2024年2月14-20日

読書日記 2024年2月14-20日

堀辰雄風立ちぬ

フランツ・カフカ(原田義人訳)『変身』

渡辺航弱虫ペダル』11-12巻

アイザック・アシモフ(川村哲郎・仁賀克雄訳)『夜来たる』

泉鏡花『春昼・春昼後刻』

江戸川乱歩押絵と旅する男

谷崎潤一郎『陰翳礼讃』

カート・ヴォネガット・ジュニア伊藤典夫訳)『スローターハウス5

アゴタ・クリストフ堀茂樹訳)『悪童日記

アゴタ・クリストフ堀茂樹訳)『ふたりの証拠』

アゴタ・クリストフ堀茂樹訳)『第三の嘘』

正岡子規歌よみに与ふる書

 

 

以下コメント・ネタバレあり

堀辰雄風立ちぬ

 これも青空文庫で。実は読んだことなかったなぁと思い、短いので読んでみました。あらすじは婚約者とサナトリウムで過ごした日々…というだけなのですが、情景描写や心理描写が細やかで美しく読みごたえがあります。主人公が2人に未来はないと確信しながら書いているのがまざまざと感じられ、描写を細かく味わいたい気持ちと先を知りたい気持ちの葛藤にぐいぐい引っ張られながら読みました。なんていうか、全然そんな話じゃないんですが、ジェットコースターみたいだと思ったんですよね。いつか必ず落ちることを分かっていて登り続けている時間というか。見渡せば美しい風景が広がっているのも分かるんですが、怖くて見てられない気持ちもあって。でもこの小説では、「落ちる」瞬間は描写されません。1年後、ジェットコースターを遠くから眺める主人公の姿が描写されます。もう一度読まなきゃだめだなと思いました。

 

フランツ・カフカ(原田義人訳)『変身』

 これは多分子供の頃に読んだと思うのですが細かい内容忘れてるので再読。これも短いのですが面白いです。そもそもの設定がシュールすぎるのですが、自分が気色悪い虫になっているのに目覚まし時計見て「しまった!」と動揺したり冒頭からなんかずれてて、日常に決定的な違和感が紛れ込んだにも関わらず日常を続ける気持ち悪さというか…。家族は徐々に主人公を邪慳に扱うようになっていくし、主人公は主人公で家を出て行くという発想はないんですよね。どんなに疎ましがられても、自分が選んで家族がいるこの家しか世界がないみたいに振舞います。

 米澤穂信の『ボトルネック』を思い出しました。主人公がとことん報われないんだよな。両親や妹のために必死で一人で生活を支え続けてきたにも関わらず自分が虫になっちゃってからの方が両親も妹も仕事して生き生きしてて誰も「あいつがいなくなって困った」とか言わないし、主人公が死んだら死んだで主人公が買った家イマイチだから引っ越そ!とかってはしゃいでるし、死骸はお手伝いさんが適当に片付けるというオチ。主人公めちゃくちゃかわいそうなんですけどヴィジュアルが虫なので描写が徹底して気持ち悪く、安易に同情などさせんという気概を感じます。まあ、キモ可愛い感じではありますけどね。お手伝いさんに「かぶと虫のじいさん」とか呼ばれてるしね。*これは原文ではMistkäfer と表記されており、訳によっては「クソコガネ」になるみたいです。

 現実に置き換えると搾取子の長男と愛玩子の長女がいる4人家族で、長男一人が生活を支えていたのに過労で鬱になって引きこもって激太り、家族は内心疎ましく思いながらも世話してたんだけどある日長男が自殺してラッキー、みたいな内容でしょうか。なんというか、誰かのために生きるなんて欺瞞だなと思った。みんな自分のために生きた方がいいね。そういうメッセージの話だとは全く思いませんが…。

 ところでこの虫どんな大きさの何なんだ?と思っていたのですが、日本語の論文があって面白かったです。

フランツ・カフカの『変身』の「虫」の変態についての一考察.pdf

 

渡辺航弱虫ペダル』11-12巻

 1年目IH1日目山岳リザルト、通称ラストクライムあたりを再読。今から読み返すと巻島と東堂がライバルなのは分かってますが、初読だったらこの11巻の時点で巻島は主人公のメンター的存在だしそれまでに登りの速さや不器用な優しさ、頼りがいが示されてきてて、かたや東堂はぽっと出のチャラいナルシストなわけで、この2人の対決ってなったら普通読者は巻島に肩入れして読むと思うんですよね。でもこのたった2巻で2人の絆と東堂の強さを描き切り、ラスクラで勝者となったことに説得力を持たせててすごいなあと思いました。東堂は本心駄々洩れキャラなので最初はウザい自分大好き男にしか見えないんですが、巻島とのやり取りや回想シーンの間中ずっと、期待、失望、自信、悔しさ、嫌悪、好意、怒り、喜びと目まぐるしく感情出してきてしかもそれを全く隠さないので徐々に感情移入してきちゃうんだよなー。スペバイ8巻でも、自分が甘い夢見てたことも一方的に別れを告げられて惨めなことも全然取り繕わないので、この人なんて無防備なんだろうと読んでて胸が痛みました。でも巻島が会いに来てくれたのもそれが理由だったよね。「あいつはいつも100%本気だから自分も逃げてちゃだめだ」って。

 しかしこの絵柄だと東堂がリアル美形なのかただのネタキャラなのか全然分からん…。まあ両方なんだろうけど。この人すごく好きなんですが、でもキャラ萌えしてる漫画って同じとこ何度も読んだりして全然読み進まないので結果的に時間あるときにしか読めなくなり読むハードルが上がるという葛藤がすごい。

 

アイザック・アシモフ(川村哲郎・仁賀克雄訳)『夜来たる』

 アシモフの短編集。前にSF苦手って書きましたが、これ読んでて子供の頃片っ端から筒井康隆読んでたことを思い出しました。あれってSFだったのかな。表題作『夜来たる』は全然状況説明なしに話が始まるのですが、途中でああ、夜のない惑星なんだな、と思い至ります。そしてラストシーンで日食により太陽光が消滅するのですが、そこには星々の光が現れる…という。あれ、光あるやん。これって結局闇によって気が狂うのか、世界そのものの概念が激変したことによって気が狂うのか、それとも星の光があるゆえに気は狂わないのか、私にはよく分かりませんでした。でもまあこれ以上書くのは蛇足すぎますよね。

 しかしさぁ、電気とかないんか?闇のない世界では電気を開発するモチベーションが上がらないのでしょうか。というか電気でものを明るく照らすという発想そのものがないのか。でも太陽がいくつあろうが屋内は暗くないの?トンネルは作れるのに灯りがないというのがよく理解できないんだよなぁ。

 

泉鏡花『春昼・春昼後刻』

 これも『百年の誤読』のおすすめ本で、青空文庫で入手。めちゃくちゃ文章の美しい怪奇ものです。恋愛ものでもあるのかな。しかし『風立ちぬ』といいこれといい、文章の美しい恋愛ものってどうも頭に入ってきません。『レ・ミゼラブル』の感想で「小説はストーリーかディティールか?」と書いたけど、こういう、短くも文体の美しいディティールに拘った小説と相性がよくないみたいです。情景描写とか読み飛ばしがちだし、それゆえに何だかよく分からないまま読み終わりがち。これだから自分で文章書く時情景描写は書けないし文章も美しくないんだなと反省しつつ、とはいってもロジカルなミステリとか書けるわけでもなく、せめてこういう小説を落ち着いて味わえる人間になりたい。ので『風立ちぬ』とこれはどちらも二度読みしました。

 

江戸川乱歩押絵と旅する男

 これも『百年の誤読』のおすすめ本で青空文庫で入手。江戸川乱歩は有名作品たくさんあるのですがそれこそほとんど読んだことないのでこれからぼちぼち読もうかなぁ。この話はとても淡々と進行する怪奇もの?です。読み方によっては「わたし」の妄想にも見えるし、「男」の妄想にも見えるし、純粋に怪奇ものとも読めます。

 しかし、これ、どうして少女が全然見知らぬ男をいきなり愛してるってことになってるのか分からん。大型スーパーのおもちゃ売り場で売ってたかぶと虫のつがいが入った虫かごの中でメスが必死にオスから逃げてた様子思い出して気分悪くなったよ。逃げられない絵の中で急に知らん男と暮らすの最悪じゃん。しかもそいつはどんどん年取ってくわけで…。キモいなぁ。そのうち死ぬんか。死んだらどうなるんだろう。てかむしろ、絵の中で男が少女を殺すくらいの方がリアリティあるような。かぶと虫もオスがしばしばメスを殺すらしいです。総じて男のドリームという感でしたが、でもまあそれも含めて乱歩ワールドかなって気もします。そういう身勝手さとかキモさを分かってて書いてるというか。

 

谷崎潤一郎『陰翳礼讃』

 西洋と東洋の文化を対比し、日本の陰影が最高、みたいな内容です。うーん、谷崎潤一郎が薄暗さを愛する気持ちは否定しませんが、安易に文化の対比となるとどうだろう。逆に火事や地震で家屋や財産を消失しがちな日本人はぴかぴかの新品を愛し、西洋人は長く受け継がれ手垢のついたアンティークを愛する…という論じ方もできるし。絵画だって、ミレーやレンブラントなど、陰翳を用いた作品は西洋にも数多くあるのでは。そもそも白人って言ってもアングロサクソン、ラテン、ゲルマン、スラブなどなど全然人種もバックグラウンドも違うように思えます。

 自分は日本文化のこんなとこが好き!みたいな論調だったら引っかからなかったと思いますが、文化比較という観点から見ると表層的というか主観的にすぎる印象を受けます。でも谷崎スピリットを理解する意味では面白いと思うし、あと綺麗で読みやすい文体と描写のねちっこさが谷崎潤一郎っぽいなと思いました。

 

カート・ヴォネガット・ジュニア伊藤典夫訳)『スローターハウス5

 これも『百年の誤読』のおすすめ本です。ここですすめられてなかったら一生手に取ることはなかったと思われる本です。一応ジャンルはSFなんだと思いますが、SFとして読まなくても十分読めます。というか、どちらかというと戦争モノかもしれない。ヴォネガット本人が実際に経験したドレスデン無差別爆撃を中心に据えたストーリーです。

 例によって感想めちゃくちゃ長くなったので後日出します。

 

*2024年4月6日追記:アップしたのでリンク貼っておきます。

カート・ヴォネガット・ジュニア(伊藤典夫訳)『スローターハウス5』 感想

 

アゴタ・クリストフ堀茂樹訳)『悪童日記

アゴタ・クリストフ堀茂樹訳)『ふたりの証拠』

アゴタ・クリストフ堀茂樹訳)『第三の嘘』

 何だかすごいものを読んでしまった、という感じ…。おそらくこれは真相とかはないんですね。全部嘘なんだ。少しずつずれたパラレルワールドが重なって、最初の『悪童日記』が一番救いのある話みたいに見えるのがなんというかとてつもないギミックだなと思いました。作者はハンガリー動乱の時にフランスに亡命しており、これは母国語ではないフランス語で書かれた小説だそうです。だからなのか文章がどれも簡潔で描写が潔く、とても読みやすいです。もちろん私が読んでいるのは和訳なのでフランス語版ではないですが、こんなシンプルな文体でもこんなすごい小説が書けるのだということに驚きました。泉鏡花と同じ週に読んだのでより衝撃が…。

 

正岡子規歌よみに与ふる書

 いきなり「なんとか候」みたいな文章なのでうわーって思ったんですが読んでみると読みやすいです。しかも面白いです。古今集のこき下ろし方とかすごい。

 

 貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候。その貫之や『古今集』を崇拝するはまことに気の知れぬことなどと申すものの(以下略)

 

ですからね。こんなん言えないよね普通…。

 かの有名な「嘘を詠むなら全くないことととてつもなき嘘を詠むべし、しからざればありのままに正直に読むが宜しく候」も面白いのですが、「日本人なら日本語を使え!でなければ日本文学が破壊される!」みたいな投書があったのか、それに対する反論がめっちゃうけた。日本人が使えば外国語だって日本文学になるだろ。イギリスの軍艦買ってドイツの大砲使って戦争勝ったら日本の勝ちじゃないの?和語じゃなきゃだめっていうならじゃあ漢語も使わないの?「馬、梅、蝶、菊、文」も使えないね! そんなことに拘るなら勝手にすればいいけどみんながそれやりだしたら日本文学は破滅だね!とか書いてて笑いました。

 現代短歌で子規のお眼鏡にかなうのはどんな歌なんでしょうね。