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読書日記 2024年3月6-12日

読書日記 2024年3月6-12日

マーガレット・アトウッド斎藤英治訳)『侍女の物語

・三崎律日『奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語』

松岡圭祐『瑕疵借り ――奇妙な戸建て――』

・ヘンな間取り研究会『ヘンな間取り』

・ヘンな間取り研究会『ヘンな間取り ―大家さんもびっくり編』

川瀬七緒『法医昆虫学捜査官 メビウスの守護者』

川瀬七緒『法医昆虫学捜査官 潮騒のアニマ』

川瀬七緒『法医昆虫学捜査官 紅のアンデッド』

川瀬七緒『法医昆虫学捜査官 スワロウテイルの消失点』

・ジェームス・M・ケイン(池田真紀子訳)『郵便配達は二度ベルを鳴らす

 

以下コメント・ネタバレあり

マーガレット・アトウッド斎藤英治訳)『侍女の物語

 有名なディストピア小説です。女性は全て男性の所有物とされるが、代わりに完全に守られた世界…という。私には宗教のことはよく分からないけど、キリスト教の聖書の理想に沿った世界観ということかな。その中でも何派とかは全然分かりませんが、中絶や離婚は禁止みたいなのでカトリックなのかな。以前読んだ『声の物語』(クリスティーナ・ダルチャー)はキリスト教原理主義に則って女性から言葉を奪う世界の話でしたが、これは『侍女の物語』をベースにしてるんだと思います。

 途中で“司令官”が“わたし”に「われわれは女性から多くを奪ったことは分かっているが、それ以上に多くを与えた」と言うんですよね。自由に生きる権利(仕事や信念、恋愛や家庭)は奪ったけど、完全な安全を与えたと。確かにこの世界の中では強姦やDVなどは起こらないことになってます。そもそも女性は一人では出歩けないし、夜に外出もできないし、女性を害する人は罰せられるので。でもほんとかなぁ、って思う。途中で闇市の存在が示唆されたり地下クラブ(パーティー的なもの)が登場し、そこで“司令官”が「これは人間の本能だ」的な発言をします。結局どんなに管理しても人間は享楽を見出すし、男は女を殴ったり犯したりするんじゃ?特に自分が“所有する”女が自由にならないのなんて耐えられないのでは?そういうシーンは描かれないけどさ。そもそもその「安全」について、 “わたし”をかつて教育した人が「自由には二種類ある。したいことをする自由と、されたくないことをされない自由。今まではしたいことをする自由があったが、これからはされたくないことをされない自由を得るのだ」とか言ってたけど、いや、されたくないことめっちゃされてるじゃん、って思いました。名前、仕事、財産を奪われるのも、“司令官”の家で“侍女”として暮らすことを強要されるのも、妻に手を握られながら子作りのために犯されるのも、全部嫌だろ。どこにされたくないことをされない自由があるのだ?

 時々ネット上で「日本には古き良き“男性は仕事、女性は家庭”の価値観が合っている。その方が出生率も上がる」という言説を目にします。別に女性が家庭を守ること(専業主婦の存在)自体は否定しないし個々の家庭がそれを選ぶのは全くの自由だけど、でも社会としてこの価値観を前提にした場合、女性への教育は不要だし女性は男性の付属物になるよなぁ、と思う。だってもし女性がほぼ100%家庭に入るなら高等教育は無駄と考える人は増えますよね。花嫁教育だけを受けて身体が整ったらなるべく早く結婚して子供を持った方がいいってことになっちゃうし、そうなると女性は結婚相手に捨てられたらほぼ生きる道がないので男性に従属するしかなくなります。この小説で描かれてるのは実際そんな感じの世界です。女は家庭に所属する“妻”と“女中”と“侍女”(と、それらの候補になる子供)しかおらず、どれも男の持ち物です。最初はそうだったわけじゃなくて、夫と娘と一緒に共働きで普通に暮らしていた主人公の生活から“普通”が奪われていく様子も断片的に描写されます。仕事と財産を強制的に奪われた主人公が家に帰ると当時の夫が「僕がどうにかするよ」みたいに言ってくれるんですが、でもそれは「僕の稼いだ金で食わせるから大丈夫」という意味であって「きみが仕事と財産を取り戻せるように動いてあげる」という意味ではなかった。夫にとっては、その時点の生活は変わりません。世帯収入が減って困るくらいのことでしかない。でも主人公にとっては全てを奪われる前触れだった。実際にそれを行使するかどうかはともかく、教育を受ける権利、仕事をする権利、自分の財産を保有する権利、自分の身体を自分で扱う権利、男性と同等に扱われる権利を失えば、女性は男性の所有物になってしまう。

 あとこういう「女が仕事を奪われ、ひいては人権を奪われる」系ディストピア小説読むといつも思うんですが、保育・介護は自宅で女が全てやるとして、病院はどうなってんだろう。医者も看護師もその他スタッフもみんな男なの?地獄じゃね?絶対入院したくないです。男性だって嫌なのでは?

 それにしても、これ読んで、あー、こんな感じの話見聞きしたことあるわ…、って感じました。日本人なら心当たりあるのでは…。多くは語りませんが…。

 

・三崎律日『奇書の世界史2 歴史を動かす“もっとヤバい書物”の物語』

 前回とはやや異なり、「みんながすでに(名前は)知っていることを詳しく説明してくれる」系の内容がメインでした(あとがきにも“より身近な問題を”と書いてました)。「ノストラダムスの大予言」とか「シオン議定書」とか「産褥熱の病理」とか「cicada3301」とか。

 知らなかったのは「農業生物学」の話で、理科の歴史でダーウィンとかメンデルは習うけど、東側諸国のしかも失敗に終わった理論なんて確かに学ばないよなぁ、と思いながら読みました。エピジェネティクスの話まで触れられていておおってなった。春化の話読んだ時、これ絶対メチル化制御だよなーって思ったので。一時期ロシア革命ソビエト連邦終焉のあたりまでを書いた本をたくさん読んでいたのでもしかしたらここに出て来た科学者たちの名前を目にしていた可能性はありますが記憶にない…。固有名詞覚えるのほんと苦手なんだよなぁ。ソ連の食糧政策が失敗に終わったのは集団農法のせいかと思っていましたが、そういったピュアな政治的側面だけじゃなく科学的側面からも失敗していたことを知らなかったので、読んでいてとても怖かったです。こういうのはフィクションには出せない怖さだよなぁと思う。

 

松岡圭祐『瑕疵借り ――奇妙な戸建て――』

 前作が面白かったので買ってみましたが、前作の短編形式の方が好きでした。内容も、殺人とかより日常の謎…、みたいな方がよかったなぁ。まあ、一戸建ての豆知識みたいな面白さはあります。

 

・ヘンな間取り研究会『ヘンな間取り』

・ヘンな間取り研究会『ヘンな間取り ―大家さんもびっくり編』

 ついでに再読。これはミステリでもホラーでもなく、純粋に間取りが変な家の図面を集めただけの本です。単なる記載ミスっぽいものからほんとになんじゃこの家?ってなるものまで多く含まれており笑えます。そういえば一時期不動産関係の本もハマってて、「クソ物件オブザイヤー」とか見てました。これも現実が一番面白いっちゃそうかもしれない。

 

川瀬七緒『法医昆虫学捜査官 メビウスの守護者』

川瀬七緒『法医昆虫学捜査官 潮騒のアニマ』

川瀬七緒『法医昆虫学捜査官 紅のアンデッド』

川瀬七緒『法医昆虫学捜査官 スワロウテイルの消失点』

 なんやかんや言いながらシリーズ読んでるのは面白いからだよなー。虫の生態調べてこんな色々分かるんだーって。実際は日本での臨床応用は限定的だそうですが…。

 読んでて気になるのは相変わらずのテンプレ踏襲かな…。シリーズがこんなに進んでるのに昆虫学が軽視されてる状況は変わらないし、別に犯人当てみたいな本格モノではないので終盤になるにつれ犯人が薄々分かってしまうことには興味を殺がれないのですが、終盤になって主人公もしくは相棒の刑事が誰かに会いに行くシーンになると、ああー、そろそろ犯人と対峙して死にかけてどっちかが助けに来るパターンね…と思ってしまい興味を殺がれます。他に決着の仕方ないんか。それに、作者のクセかもしれないんですが、作中人物の台詞で状況説明すんのほんとにノイズ。初対面という設定でもない二人が向き合って現状を言葉にして語り合うのってどう考えても不自然です。なぜ地の文で読者に向けて説明しないのか?社会派っぽい内容とラノベっぽい文章のテクニックが合ってなくないか。これはむしろとっつきやすさを出すためにわざとやってるんでしょうか。

 色々文句は書きましたが内容はとても面白いです。1-3作目までは都市で遺体が見つかる→虫を追って田舎へ、のパターンが続いたのですが4‐7作目にはそういうパターンはなくて読みやすいです。特に最後の『スワロウテイルの消失点』は怪しい田舎にも行かないし怪しい団体も出てこないし主人公や脇キャラの内面も描かれていてとてもよかったです。あと主人公の昆虫学者と相棒の刑事の男女バディがとても好き。お互い別々の観点から別々に捜査しているのにそれぞれの糸が犯人に繋がっていくところも、恋愛関係にならなくて信頼し合ってるとこもたまらん。せっかく過去を打ち明けて2人の距離感がまた微妙に変わったところだったのにシリーズここで終わってて残念です。続き出ないかなー。とても待ってます。

 

・ジェームス・M・ケイン(池田真紀子訳)『郵便配達は二度ベルを鳴らす

 行くも地獄、戻るも地獄な閉塞感漂う小説でした。そりゃあ邪魔者排除してハッピーエンド♡にはならんよなと…。それにしても、自分がそこまで恋とか愛とかを原理に行動したことがないので、主人公フランクは流れ者だし、本当に愛が理由でそんなことになったのかなぁーってのはあります。コーラの妊娠を知って黙って出てくくらいの方がそれっぽい気がしますが、そこはあくまで湿っぽくいくわけですね。全体を通じてフランクの一人称であるにも関わらず彼の気持ちはよく分かりません。むしろコーラの気持ちの方が分かる気がする。これは男女の違いなのかそれとも小説のスタイルの問題なのか?